映画でクラシックピアノを楽しむvol.4 一度でいいからピアニストになりたい

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『4分間のピアニスト』 -(C) 2006 KORDES & KORDES FILM GMBH/SWR/BR/ARTE
『4分間のピアニスト』 -(C) 2006 KORDES & KORDES FILM GMBH/SWR/BR/ARTE 全 3 枚 拡大写真
これまで紹介してきた、今年後半に日本公開となるピアノに関する映画たち。このコラムで取り上げたのは、何を隠そう私が持っている“音楽”と“才能”への憧れゆえ。幼い頃、ピアノを習ってはいたものの、週1度のレッスンがいやでいやでしょうがなった。それは先生がとっても怖かったから。赤鉛筆で指をたたかれたり、ものすごい形相で怒られたり。一度、何か(先生がお休みする等)の理由で、とても優しい先生が代わりに教えてくれたことがありましたが、とっても楽しかった記憶があります。でも、そのレッスンは長く続かず。怖い先生が戻ってきてしまったのです。程なく、涙ながらに親に訴えてピアノを辞めることになりました。

自分に才能があったとは言いませんが、もし優しいあの先生についていたら、レッスン嫌いとも縁がなく、ピアノソナタの1曲や2曲、弾けていたかもしれません。それほどまでに、人との出会いというものは、人生(大げさ?)を左右するもの。神童たちの才能を生かすも殺すも、周囲の者たちの姿勢次第。つくづく、本作を観て感じました。

『4分間のピアニスト』は、ドイツの刑務所が舞台。ピアノ教師として、そこにやって来た老婦人・クリューガーは、問題児・ジェニーに類まれなる音楽的才能があることに気づきます。実は彼女、幼い頃からコンテストに出演し、賞賛されていた天才ピアニスト。ところが、複雑な人間関係ゆえに重大犯罪に巻き込まれ、才能を無駄にする日々。彼女のすさんだ心を映すように、その言動は乱雑そのものなのです。ところが、残り少ない人生をジェニーに賭けようとする老教師・クリューガーと、自分の存在価値を認めてくれる人に再び出会ったジェニーは、やがて演奏することで通じ合うものを見出していく──。

クリューガーが、自分の言うことを聞かないジェニーに放った言葉は印象的。「あなたは嫌な人間だけど、才能がある。才能がある人間は、それを磨く義務があるのよ」。

その言葉で、天賦のピアニスト魂に火がついたのか、その時を境に練習熱心になるジェニー。ひっかき傷をいくつも作っていた自らの手を大切にするようになるのです。ジェニーに訪れる一連の変化はこれにとどまりませんが、映画の中で描写されていく自覚の訪れは、凡人にははっとさせられることばかり。「ピアニストとはこういうものなのだな」という小さな発見の数々が私には新鮮でありました。

そんなことも踏まえつつ、この映画の見どころは、経験、価値観、生活環境に全く共通項のなさそうな2人が、人生のある地点で奇跡的に出会い、心に抱えた傷とピアノへの情熱によってお互いを認め合ったという偶然性のようなものでしょうか。その偶然性ゆえにどこか刹那的で、これまでご紹介した作品とは違い、実は主人公たちの明るい将来があまり見えてこない。でも、一瞬一瞬に飛び散る火の粉のような情熱が、素晴らしい音楽となってスクリーンのこちら側にも熱を帯びて舞い降りてくる。劇中に流れる音楽の素晴らしさも手伝って、とても感覚的な高揚をもたらしてくれる映画となっているのです。

そんな本作の魅力をひとえに凝縮したようなクライマックスの演奏シーンはとても圧倒的です。前回のコラムで、演奏シーンのユニークなエピソードをご紹介しましたが、こちらは別の意味で凄い。主人公が、心を解放させて思いの丈をピアノにぶつけますが、これが前代未聞の演奏。こんな演奏、見たこともないし、聴いたこともない。感動のクライマックスには涙がつきものですが、そんな生易しいロマンチシズムが引っこんでしまうほどに、とてもカッコいい場面なので、どうぞお見逃しなく!

《text:June Makiguchi》

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