【シネマモード】おそるべき雑談力 ホン・サンス監督作『3人のアンヌ』

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『3人のアンヌ』
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前回のコラムでもご紹介したとおり、日本を嫉妬させる韓国人監督たちの活躍が勢いを増しています。『オアシス』のイ・チャンドン、『悪い男』のキム・ギドク、『オールド・ボーイ』のパク・チャヌク、『グエムル-漢江の怪物-』のポン・ジュノとくれば、今をときめいている人がもう一人。ホン・サンスです。

今、国際的に評価されている韓国人監督といえば、かなりきわどいストーリーや表現手法を得意とし、緊張感をもってタブーに斬り込んでいくタイプの作家たちが多いのですが、そんな中でもホン・サンスは異彩を放っています。私が考える彼最大の強みは、おとぼけ感。言ってみれば、どうでもよさそうな話なのに、なぜかかなり面白いというとてつもない特徴があるのがホン・サンス作品。世界の映画界に名監督は数あれど、強いメッセージがないにもかかわらず、面白い作品を撮ることができる人は、そうそう多くは存在しません。

人は、用件さえあれば雄弁になれるもの。でも、雑談となると途端に何を話していいか分からなくなり、無言になってしまう人は多いといいます。それと同じ。そう、ホン・サンスの作品を一言で評するならば、“美しき雑談”。実は雑談力こそ、人のコミュニケーション力、表現力が最も問われるものなのです。雑談と言うと、どうでも良い話のようですが、実はそうではありません。最近、海外の方たちと話をする機会が多いのですが、そこで感じてきたのは、英語力よりも雑談力を持った人の方がはるかに、いろいろな人と仲良くなれるのだということ。例えば、楽しいパーティに議論は向きませんよね。いろいろな人と次々に話をしていくとき、軽く後味の良い話をしていくことは、「この人とまた話したいな」「感じのいい人だな」などと思うきっかけになります。どうでも良い話で、どれだけ楽しく過ごせ、自分を知ってもらえるか。実はこういう雑談力って、人生でかなり重要な力のような気がするのです。

そう考えると、観客をゲラゲラ笑わせるのではないけれど、ふふっと微笑みたくなるような細部を積み重ねていくホン・サンス作品の魅力は、とても後味が良く、優しい人柄を表した雑談の魅力と同じ。その世界から去りがたいような雰囲気を生み出しているのは、きっとそのせいなのです。

今回のホン・サンス的“雑談”は、劇中で全く違うアンヌを演じわけたフランスの大物女優イザベル・ユペールと作り上げた『3人のアンヌ』。ユペールといえば、いくらでもシリアスかつ怖くなれる人なのに、本作ではなんとも可愛らしい面を見せつつ、思い切り雑談にふけっています。そして、彼女が持つおとぼけ感も絶妙。彼女がふらふら海岸をあるいている姿を見るだけで、サンス監督とユペールのおとぼけ感がどこか共鳴し合っているというのを実感できるのです。

そして、ユペールというフレンチな要素が加わることで、今回はっきりとしたことがひとつ。ホン・サンスの持つおとぼけ感は、昔からフランス映画で観て来た、おしゃれ感に通じるということ。それは、サンスお気に入りのエリック・ロメール作品とも似ています。彼は“韓国のゴダール”“エリック・ロメールの弟子”とも称されるようですが、ここ数年のホン・サンス作品にみられる心地よい大衆性を考えると、やっぱりロメールの後継者というのがぴったりのよう。やっぱり悔しい…。でも、お隣の国にこんな監督がいるとなると、「日本も負けてられない!」などと意味不明な“やる気”を起こしてしまいます。やはり、雑談には大きな力があるようです。話された内容よりも、はるかに多くのものを感じさせてくれるのですから。

《text:June Makiguchi》

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