【MOVIEブログ】2016東京国際映画祭作品紹介 「コンペ」(日本編)

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『雪女』(c)Snow Woman Film Partners
『雪女』(c)Snow Woman Film Partners 全 2 枚 拡大写真
世界一周をするように紹介してきました東京国際映画祭「コンペティション」部門の作品、いよいよ最後の2本は日本の作品です。

今年のコンペの日本映画は、松居大悟監督と杉野希妃監督という、ほぼ同世代の2人の監督をお迎えすることになりました。ともに新人と呼ばれる時期は過ぎ、次のステージを狙う段階に入り、ターニングポイントとなるべき作品で勝負をかけてきた感があります。その次のステップへの踏み台にTIFFコンペがなれるのであれば、どんどん踏みつけて飛んでもらいたい。そして、飛んでいく先を見届けたい。そんな気にさせる作品です。

『アズミ・ハルコは行方不明』は、松居大悟監督の7本目の長編監督作品です。処女長編の『アフロ田中』が2012年なので、4年間で7本目という、これは驚異的なハイペースと言っていいでしょう。平行して演劇も数多く手掛けているので、始終松居監督の頭の中は創作でいっぱいなのだろうと想像しますが、コンスタントにハイレベルな作品を仕上げてくる創造性が、さらにギアアップしている感があります。

TIFF「日本映画・ある視点」(現在の「スプラッシュ」の前身)にも招待した『自分のことばかりで情けなくなるよ』(13)の中の、山田真歩さんがクリープハイプのライブに遅れそうで焦る残業OLを演じたエピソードで、僕は完全に松居監督の虜になりました。あの屈辱感と焦燥感が絡み合うような、うねるような感情のドライブには、何度見ても胸を引き裂かれるような思いになります。

デビュー作の『アフロ田中』に見られるように、初期は男子心を描いていた松居監督ですが、上述のOLエピソードあたりから、女性の繊細な内面を描くのが上手いのではないかという気がしていました。いや、女性から見てその繊細さがどこまでリアルに感じられるのかは分かりませんが、力強いエネルギーを女性を通じて放つのが上手い、そのエネルギーを映像化することができる才能である、ということは言えるはずです。

その才能が顕著になったのが前作の『私たちのハァハァ』で、上述OLエピソードの変形版リメイクのような、クリープハイプのライブに行くために北九州から東京まで自転車で向かう女子高生たちを描く作品でしたが、無謀な試みが可能であると思ってしまう青春期の全能感と、有り余るエネルギーが放出される様を、誇張のない等身大のキャラクターを通じて描き切る力量には、改めて驚かされました。

そして本作『アズミ・ハルコは行方不明』では、30前後、20歳、そしてティーン、という3世代の女性たちが繰り出す、より複雑なエネルギーのうねりを描いていきます。

夢のかけらもなく、腐ったように生きるアズミハルコが、行方不明になる。彼女に何が起こったか? 行方不明になるまでの彼女の行動と、彼女が消えた後の騒動を平行して描き、過去と現在を絶妙に行き来しながら物語は進みます。地方都市で鬱屈した人生を過ごす青年たちの感情と行動がリアルに描かれるとともに、対照的に謎のガールズ集団が状況を打破するエネルギーを充満させていく様を、ファンタジー仕立てで描きます。このコントラストが効果的で引き込まれます。

地方都市の若者の鬱屈は、世界の映画でも多く扱われる主題ですが、松居監督は自分と同世代の青年たちの物語を描くことはいましかできない、という使命感や切迫感の中で描いているように感じられます。世代的に落とし前を付けてから、次のステージに向かうのだ、という作家の気概を感じると言ったら大げさかもしれないですが、同年齢の主演の蒼井優に、松居監督は自分をも託しているのではないかと、思います。

すべてを諦め切ったような蒼井優さんの表情には、虚無と暗黒が広がり、映画のひとつの柱となっています。8年ぶりの単独主演作ということですが、やはりさすがの存在感。同年齢の監督が演出する、同世代の若者の物語を演じるにあたり、蒼井さんにもやはり期するものがあったはずです。

また、現在の日本の地方が抱える醜悪さが露悪的に描かかれますが、こういうリアルな面を外国の観客に見てもらえることは、変な言い方だけど、嬉しいです。僕が外国映画を見るとき、その国の裏の顔が見たいという欲求がありますが、本作は「ユニバーサルな欲求に応えられるローカルな映画」としての側面を持ちます。そして、その醜悪さの象徴のひとつとなるのが、高畑充希扮する20歳のキャバ嬢であるというキャスティングの妙が、本作のもう一つの見どころになります。

この中で、男性はどこに位置するのか、という観点も重要であり、そして謎のガールズ集団というシュールな存在も映画をかき回していきます。リアルとシュールが混在することで、ネガティブがポジティブに変わっていき、やがて映画はまさに痛快なパワーを帯びていきます。この展開が実に鮮やかで、驚きと歓びをもたらしてくれるのです。

エネルギーを自在に操る男、松居大悟監督のキャリアの、初期の集大成となっていく作品です。そして、次回作の方向性がとても楽しみになる一本でもあります。是非ご注目を!

続いて、がらりと世界は変わり、杉野希妃監督の『雪女』です。民間伝承をまとめた小泉八雲の「雪女」がベースになっています。原作は短編ですが、物語の中では、ほぼ10年の時間が経過します。小林正樹監督による有名な『雪女』(1965年の『怪談』に収録の1編)は、この原作に忠実な長さでしたが、杉野版『雪女』は、大胆な新解釈を施し、この10年ほどの時間に新たな設定とエピソードを盛り込み、95分の長編映画に仕立て上げています。

ふたりの木こりが、渡し舟で川を渡る冒頭のシーンの美しさから、いきなり引き込まれます。彼らは吹雪に見舞われ、小屋に避難して眠りにつくものの、若い男が夜中に目を覚ますと、連れの男の枕元に白装束の女が覆いかぶさるように立っている…。

クラシカルな日本映画の、質素で凛とした佇まいを美しく再現し、そこに新解釈を織り込み、現代的な味わいを加味していくタッチには、興奮を禁じえません。伝統を現代に、という監督の心意気が感じられ、優れたスタッフ・キャストの仕事でそれが実現しています。まず全体で目を引くのは、美しさです。どうしても比較は避けて通れない小林正樹版『雪女』は、莫大な予算をかけた豪華な美術で、日本映画史上屈指の名作に数えられることもありますが、小林版にはシュールレアリズム的な世界観も見られたのに対し、杉野版は透明感のある古典的な美しさの再現が追及されています。

鑑賞後、僕は大きな歓びに満たされ、外に出て夜空を見上げて、大きく深く息を吐きました。こんなことを紹介文に書くのもどうかしていますが、心を動かされると空を見上げるしかないという気持ちになりませんか?

新解釈の部分は触れませんが、純愛の物語である、ということは言ってもいいでしょう。はたして木こりの巳之吉(みのきち)は、自分が愛する女が雪女であることを知っているのだろうか…。巳之吉を演じる青木崇高さんが素晴らしい存在感を発揮します。青木さんは「アジアの未来」部門出品の『雨にゆれる女』にも主演していますが、実に色っぽい俳優です。『雪女』も『雨にゆれる女』も、役柄は当然ながら全く異なりますが、女に翻弄される男という点では共通点もあります。女を惑わす色気を自ら放っていながら、その女に振り回されてしまう弱さを持った男を、双方の作品で絶妙に演じています。必見です。

そして、もちろん杉野希妃監督。監督兼、雪女役の主演女優です。若い女性監督が、自らを主演女優として映画をコンスタントに作るというケースは、古今東西の映画界でもとても前例が少なく、田中絹代は自分の監督作に主演していないし、あとはジョディー・フォスターやヴァレリー・ドンゼリなど…? いずれにしても、きわめて前人の少ない道を歩いているのが杉野希妃という存在です。

自分を美しく撮る、という演出に際して、一体どういう心境になるべきなのだろうと考えてしまいますが、平凡な男性である僕には到底想像もつきません。実際、本作の杉野さんの美しさは際立っています。しかし、監督兼主演女優がエゴの塊になっていては映画が高いレベルで完成することはないはずで、そこにはいかなるバランス感覚が働いたのか、映画祭で来場されるご本人に是非聞いてみたいところです。

映画の設定を昭和初期くらいの時期に設定し、サイドストーリーを膨らませた構成も非常に効果的で、何も知らずに見る人は、元々が短編とは気づかないはずです。僕が何よりも感心したのは、表面には出てこない、本当に繊細に水面下に秘められた恐怖の表現です。なんと言っても、「雪女」は怪談です。もちろん、民間伝承の物語を寓話として映画にしたもので、ホラー映画では全くないですが、どこかに、確実に恐怖が潜んでいる。その瞬間のシーンがとんでもなく好きなのですが、ここでは書きません。杉野監督が役者につける演出が上手い、そしてキャメラマンとの関係が良いのだろうとも想像させます。撮影は上野彰吾さん。近作だと『恋人たち』で見事な映像を見せてくれた現代の名キャメラマンです。

恐怖と神秘と、そして雪の結晶のように繊細ではかなく美しい、愛の物語。クラシカルな美学、伝統を現代へと活かそうとする斬新な試み、監督の挑戦、様々な面で見どころに溢れます。外国人の観客の反応もとても楽しみです。ぜひ多くの方に映画祭で見て頂きたい!

と書いて、もうひとつ付け加えたいことがあることを思い出しました。杉野監督は、海外の映画人とのパイプを積極的に作り、すでに国際共同製作に乗り出していますが、そんな国際人の杉野さんが、このようなクラシカルな題材をあえて選んだ理由に興味があります。

海外で映画が評価されるためには、普遍的に受け入れられる主題が必要である一方で、その国固有の「らしさ」が求められるというのも現実です。この双方を併せ持つことは、なかなか容易なことではないはずです。その点で、日本の古典で海外に打って出ようという杉野監督の「戦略」は、コロンブスの卵的な痛快さも感じられます。日本映画の海外展開において、ひとつの試金石になるかもしれません。果たしてどこまでご本人はこの点に意識的か、これまた映画祭で伺ってみるつもりです。

同世代の男女監督による、まったく異なる2本の日本映画。どのような飛躍を見せるか、本当に楽しみでなりません。

ということで、コンペ全16作品の紹介でした。こうやって書いてくると、実に多様な作品が揃ったことに、あらためて幸せな気持ちになります。早く監督たちに話を聞きたいし、観客の方々の反応を見てみたい。1本でも多くの人に届きますように!

《矢田部吉彦》

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