【MOVIEブログ】2016東京国際映画祭 Day6

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30日、日曜日。前半折り返し、後半戦! 8時半起床のつもりが9時になってしまい、慌てて支度して外へ。薄曇りで肌寒い。雨が降りませんようにと祈りながら、タクシーに乗ってゲストが宿泊するホテルへ。

10時に、『ブルーム・オヴ・イエスタディ』のクリス・クラウス監督が帰国するので、そのお見送り。もうお見送りだなんて、なんとも寂しい…。『ブルーム』の評判がかなりいいので、クラウス監督も大いに手ごたえを得たと嬉しそうに語り、僕もとても嬉しい。本当に素晴らしい人物で、知り合えて光栄だ。またの再会を約束しつつ、しばしのお別れ。

そのままホテルで朝食を食べ(温かい食事が嬉しい!)、事務局へ。12時にシネマズに移動し、コンペのクロアチア映画『私に構わないで』のQ&A司会。今日だけコンペのメイン上映がシネマズのスクリーン7で、とても「ホーム」に戻った気分。

屈折した思いを抱いて家族と暮らす少女が、自由をつかむかどうかを描く物語。ハナ・ユシッチ監督は、丁寧に作品に込めた意図を語ってくれる。鑑賞後の理解を助けてくれるスムーズなトークで、淀みが無くて素晴らしい。主演のミア・ペトリヴィッチさんは、本作では不愛想な表情をしていることが多いけれど、実際は(当たり前だけど)とても美しい女性で、監督ともよく似ている。全く自伝的でないと監督は語るけれども、どうしてもヒロインと重ねたくなってしまう。

ラストでヒロインが取った行動についての質問については、いや、まだもう1回上映があるから、ここでは割愛しよう。

続いて、シネマズに残り、『アズミハルコは行方不明』を鑑賞することにする。最初に見てからずいぶん長い間が空いてしまったし、せっかくならスクリーン7の大画面で見たいので、ちょうどいい具合に時間が空いたこともあり、ゆっくりと鑑賞。複雑なリズムを刻む迫力の編集が大画面に映えて、いまさらだけれど、初見時よりさらに楽しんでしまった。過剰を恐れない松居大悟監督の図太さが好きだ。

上映終わり、松居監督、太賀さん、葉山奨之さんの3名が登壇。主演の蒼井優さんは「行方不明」ということで、3人揃ってアズミハルコのパーカーを着て登場が楽しい。新作製作のいきさつから始まり、松居監督の女性映画に対する考え方、キャスティングの経緯、激しい時制の入れ替えの理由、役者さんたちの演技に対するアプローチ、などなど、様々な角度から、かなり包括的な話を聞くことが出来た。なんせ、45分間もやってしまったからね。ハハ、すみません。でも、観客席は集中していたし、とても楽しいトークだった!

劇場を出て知り合い数名に会うと、3人連続でアズミハルコがとても面白かったと言われ、よっしゃとガッツポーズ。日本と日本映画の状況をある意味象徴している内容であると僕は考えているのだけど、審査員にはどのように響くだろうか? と、映画祭も後半に突入し、受賞結果のことを気にし始めている自分が嫌だ…。受賞云々はともかく、松居大悟の快進撃が続きますように。

みなさんへのご挨拶もそこそこに、EXシアターに移動し、ワールドフォーカス部門の『鳥類学者』のQ&A司会へ。ジョアン=ペドロ・ロドリゲス監督を、ようやく映画祭にお迎えすることが出来た! 作品は文句なしに素晴らしいだけに、監督とは初対面の僕が上手く話を引き出せるだろうかと、興奮と緊張を抱きながら臨む。

難しいことを考えず、大自然の中のスペクタクルとして、流麗な映像と奇想天外な物語を楽しむだけでも十分よくて、実際に監督もそう発言している。そして、作品がインスパイアされている聖アントニオの逸話を知っていれば、また違った見方も出来てくる。決してインテリだけに向けた作品ではなく、堂々たるアート活劇だ。

とはいえ、僕が最初に聖アントニオの逸話の説明を求めてしまったからなのだけど、宗教的な観点からの質問が続く。本作はキリスト教だけでなく、多種な神話がミックスされていて、それこそ天狗も登場するし、アニミズム的要素も満載。監督が「自分なりの神話を作ろうとした」という言葉が実にスムーズに腑に落ちる。

それにしても、僕は本作を小さいモニター画面でしか見ていないので(素晴らしさを理解する障害にはならないので即座に招聘をオファーしたけれど)、大スクリーンで見たい欲求にジリジリしてしまい、壇上でお客さんに激しく嫉妬する…。

そして、今年の映画祭のラインアップの中では、「神秘の森」という点でレハ・エルデムの『ビッグ・ビッグ・ワールド』と完全に呼応していて、両方の作品を見ている人と話がしたいなあ、とも壇上で考える。

ところで、このQ&Aで小さな動揺が会場を駆け巡ったのが、最初の質問のときだった。「日本人として同性愛描写が激しいことに驚きました。どうして同性愛を描いたのですか?」

ジョアン=ペドロ監督は、しばし絶句した後に、何とか理性的な答えを返したのだけど、おそらく全く予想もしなかった質問だったのだと思う。会場も、あまりに「ありえない」質問に動揺した気がするのだけど、僕は頭の中で全く別のことを考えていた。

最後列の席から質問した青年は、壇上から見るに、学生か、とても若い男性に見えた。おそらく、本当にイノセントに驚いて、イノセントに質問したのだと思う。あまり欧米系のアート映画を見た経験がなく、知識も免疫も「常識」もないのだと思う。硬派のシネフィルが多く集まったであろう本日の上映では、完全によそ者だ。でも、そんな彼がこの作品を見に来たという事実が、僕にはとても重要に思えた。

彼が生きる世界では、大胆な性描写も、ジェンダー意識も、神話も宗教もないに違いない。「日本人として」驚いたということは、これらの表現が存在しない状況が、日本では普通だと思っているということだ。それは、彼の生活圏で彼が接する表現活動が、あまりに怠惰であり、あまりに無味無臭であり、あまりに保守的であるということにほかならない。僕は、それが日本の一般的な状況なのだと思う。

僕は、こんなことを夢想する。東京国際映画祭が、プリキュアからジョアン=ペドロまで上映し、あらゆるタイプの映画に門戸を広げた結果、若者が(うっかりだったとしても)未知の作品に触れるチャンスを作ることが出来たのかもしれないことを。そして彼が、表現の多様性と、人間の多様性と、世界の多様性に気付くかもしれないことを。映画を通じて、セクシャリティや、偏見や、信仰や、愛について学んでいくかもしれないことを。僕らみんながそうであったように。

全体として非常に充実したQ&Aが終了し、ジョアン=ペドロと、創作パートナーのジョアン=ルイと舞台袖で少し立ち話。ジョアン=ルイは、幅広い観客層にとても満足しているようだ。僕は安堵し、いったん事務局へ戻る。

パソコンをいじるフリをして気持ちを落ち着かせて、お弁当をペロリ(ぶり大根!)。全く食欲の落ちない自分がありがたい。空腹は健康の証拠だ(ホント?)

18時半から、シネマズのスクリーン7で、コンペのアメリカ映画、『浮き草たち』のQ&A司会へ。客席で映画を見ていたアダム・レオン監督と、主演女優のグレース・ヴァン・パタンさん、そしてプロデューサーのジャムンド・ワシントンさんを壇上にお招きし、ヴァン・パタンさんの魅力におののきながらも、みなさんに会場へのご挨拶をお願いする。

感じのいいアメリカ人は世界一感じがいい、と思うことがよくあるのだけど、アダム・レオン監督はその典型のような人。本当に、根っからのナイスガイだ。顔を見ているだけで嬉しい気持ちになる。『浮き草たち』のセンス溢れる胸キュンの青春に、会場も胸をときめかせている興奮が伝わってくる。最高の雰囲気! 英語のテンポいいやりとりで、トークもくいくい進む。気持ちいい。

気持ちいい映画だけど、映画の中の男女は気持ちのいい生活をしているわけではない。狭い社会から飛び出せない鬱屈を抱えている。これは『私に構わないで』も、『アズミハルコ』も、一緒だ。『浮き草たち』の2人が飛び出していくこと、その意味を監督は軽やかに、そして真摯に語る。コンペの清涼剤のような『浮き草たち』、終盤へと向かう映画祭で、ちょうどいい日の上映になったのではないかな。ああ、こうやって書いていると、もう一度見たくてたまらなくなる!

トーク終わると、壇上でアダム(といきなり馴れ馴れしくなっている)が話しかけてきて、「言い忘れたんだけど、こんなに素晴らしい映写と音響の上映は初めてだよ。いままで聞こえなかった音が聞こえたくらいだ。本当にグレイトだ!」。映画監督から言われるセリフで、これほど嬉しいものは滅多にない。シネマズさんに速攻で伝えよう。

急いで会場を移動して、19時から日本映画スプラッシュ部門で『島々清しゃ(しまじまかいしゃ)』のQ&A司会へ。アメリカン・カントリー&ブルースの世界から、沖縄旋律へ。世界は広い。

新藤風監督と、脚本と音楽の磯田健一郎さんが登壇。ほぼ10年振りの監督作品となる風監督に、作品製作の経緯を伺い、8年前から企画を進めていた磯田さんからより詳しい背景を教えてもらう。そして、出演の安藤サクラさんの現場での様子、渋川清彦さんの音楽センス、素晴らしい子役の伊東蒼さんのオーディションの姿、子どもたちに演奏を指導する際に肝となることは何か、などなど、面白いエピソードが次々と披露され、とても楽しい。

風監督は、冒頭に、ほぼ10年間映画を作らなかったのは、祖父である新藤兼人監督の側に付き添っていたことが背景にあり、新藤兼人監督が逝去され、心に空いた穴が埋まらない中、沖縄の物語が染みてきて現場に戻ろうと思ったと語った。僕は『一枚のハガキ』で兼人監督を東京国際映画祭にお迎えしたときの感動を思い出し、壇上で心底神妙な気持ちになり、改めてご冥福をお祈りした…。

20時に事務局に戻り、席で少しぼーっとして休憩。どうにもお腹が減るので(健康なのか?)、21時半に夜の2個目となるお弁当を頂く。僕が複数個食べることで誰かにしわ寄せがいくわけではなく、映画祭では一食あたり500個を超える弁当を発注しているので、数個の余りはどうしても出ることになり、僕はゴミを減らすことに貢献していることになるのだ! それにしても、みんなの命の綱となる弁当を毎回500個以上発注し、配布し、回収する運営セクションのハンパではない業務量に、ひたすら感謝の念を抱くのみ!

22時からシネマズに戻り、スプラッシュ部門の『ハローグッバイ』の2度目のQ&A司会へ。菊地健雄監督とは1回目でもご一緒したけれど、2回目も本当にあっという間の30分で、とても愉快な時間を過ごす。1回目でも伺ったベーシック背景は2度目でも興味深いし(そもそもお客さんは初めてだ)、今日はクライマックスとなるシーンの撮影について質問できたのがよかった。

現代の若者とSNSに関する質問や、おじさんには理解の及ばない若い女性の心理を描くことは、一般に理解されにくい領域の映画となり、つまりは観客の範囲を狭めてしまうのではないかというリスク(と僕は理解したのだけど)に関する質問など、次々と客席からも質問が飛び出し、充実のQ&A。

続いて23時から、スウェーデンからのコンペ作品で『サーミ・ブラッド』のQ&A司会へ。すでに1回目の上映は済んでおり、高い評価が耳に入ってきていたけれど、本日がゲストをお迎えするメイン会場での上映。アマンダ・ケンネル監督と、主演のレーネ=セシリア・スパルロクさんが、昨日来日して、本日の登壇。

日曜の23時台にもかかわらず、とてもたくさんのお客さんが会場に残り、本作への反応の良さが伝わってくる。そして、期待を裏切らない、素晴らしいQ&Aになった!

まず、考えを訂正しなくてはならないのが、「トナカイの世話が忙しいから」との理由で女優さんから来日を断られかけた、と以前のブログで書いたエピソードのこと。僕やスタッフやあまりのかわいさにふにゃふにゃになったように、ブログを読まれた方からも「トナカイの女優さん来ることになってよかったですね!」と今日まで会場で話しかけられることが多かったのだけど、実際は「かわいい」で済む話ではなく、レーネさんは過酷な条件下で生活をしているファイターであり、僕の認識が甘かったと言わざるを得ない(実際にレーネさんはとても可愛いのだけど)。

そして、質問に対するアマンダ監督の答えが、実に素晴らしかった。『サーミ・ブラッド』は、サーミ族という少数民族がかつてスウェーデンにおいて差別されていた事実を、思春期を迎えた少女の目を通じて力強く描く感動作。現在のサーミ族の立場や、映画の製作背景、監督がレーネさんに出会ったいきさつ、あるいはカメラの近さに対する演出意図などについて、興味深く的確な回答が続く。

時間が迫り、客席からの最後の質問は「同化政策にかつて関与した、日本のような国に生きる人々が抱くべき意識について意見はありますか?」という、超ヘヴィー級のものだった。しかし、監督は深呼吸はしたものの、うろたえることはなく、しっかりと話し始めた。映画では提示するのは答えではなく問いかけだ、という姿勢は意識的な監督に共通しているけれど、アマンダ監督もそのスタンスを確認しつつ、「映画とは、自分の前に立てた鏡のような物です。自分のしたことが自分に跳ね返り、常に自省を求めながら進めていくものです」という主旨のコメントに、僕は激しく感動。

本当に、映画を巡る旅は尽きることがない…。

事務局に戻り、夜の3個目の弁当を食べ(そろそろやめます、こういうことは)、ブログ書いて4時。そろそろ上がります。今日もずいぶんと筆が滑った気がするけれど、まあいいや。どうも今年は夜が元気でたくさん(余計なことも)書いてしまうのだけど、後から読み直して後悔するのも一興かな。

お弁当のおかげか、体調はいたって良好。映画祭も早くもあと4日。そろそろラストスパート!

(写真は、見ているだけでハッピーになれる『浮き草たち』チーム!左から、アダム・レオン監督、グレース・ヴァン・パタンさん、プロデューサーのジャムンド・ワシントンさん!)

《矢田部吉彦》

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