【MOVIEブログ】イラン・ファジル映画祭日記(下)

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【MOVIEブログ】イラン・ファジル映画祭日記(下)
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<4月26日(水)>

26日、水曜日。6時20分起床で朝食へ。バイキングで毎日同じメニューなのだけど、ちょっと辛めのラタトゥイユ風な野菜煮込みがとても好きになってしまい、毎朝あれが食べたくて目が覚める。本日も大盛りで頂く。午前中は部屋でパソコンを叩いてから、11時に外へ。

少し冷えて澄み切った空気の爽やかな天気がとても気持ちいい。東京の五月晴れのようだ。気分上々で映画祭会場に向かい、マーケット会場に設けられている「ビデオ・ライブラリー」に行ってみる。ファジル映画祭の上映作品だけでなく、過去数年のイラン映画も見ることができるライブラリーで、小さいスペースに6つほどの視聴ブースが設けられている。アップルの大型モニターが備えられ、オンラインで見たい作品を選択することができる。ちゃんと世界標準のインフラが整っている映画祭だ。

ここで見ることができたのは「アジア・パノラマ部門」に出品されている『Leaf of Life』というイラン映画で、監督がかつて自ら作ったドキュメンタリーをモチーフに、新たにフィクションとしてその体験を再構築した興味深い作品だった。キアロスタミが切り開いた道の延長線上に位置する映画だろうか? 砂漠に咲くサフランの花が鮮やかに美しく、イラン映画の奥の深さが味わえる作品だ。

続けて同じくビデオ・ライブラリーで、タイトルに惹かれて『Online Shopping』というイランの短編映画を見てみる。ファジル映画祭の「短編コンペ部門」に出品されている作品だ。これがとても面白い。引っ越し荷造り中の女性が不要な靴をネットで売りに出したところ、妻の代わりに来たという初老の男性が直接自宅に現れる。男は妻に見せたいからと、ヒロインに靴を履かせて執拗に足元の写真をアップで撮影する…。イラン映画で性的フェティシズムや変態行為が直接的に描かれることはあまり(というか全く)ないこともあり、この視点はとても新鮮だ。最初おかしく、やがて怖い。この監督の長編が見たくなる。

次の予定まで時間がないけど空腹になったので、急いでフードコートに行ってみると、イラン料理コーナーは長蛇の列で断念。人が少ないハンバーガー屋さんを選んでチーズバーガーを注文したら、それでも出てくるまで20分かかってしまった。でもこれが普通のペースなのかな。日本人(を代表しているつもりはないけど)はせっかちでいかんな。

急いだわりには次の予定がキャンセルになったので、ゆっくりコーヒーを飲んでから、15時からコンペ部門の『The Home』というイラン映画の一般上映へ。これはとてもいい。父親を亡くして大げさに泣き喚く女性と、認知症の彼を看病していた甥の微妙な関係を軸としたスリリングな家族ドラマで、半日ほどの出来事を描くもの。「がなり合う家族の物語」という点で現在のイラン映画のトレンド上にあるが、人物にとても近い手持ちカメラと、長廻しを駆使したリアリズムの演出スタイルは、かつてのダルデンヌ兄弟や昨今のルーマニア映画を彷彿とさせる。物語の展開も意外性があり、シリアスなタッチの中のユーモアセンスも絶妙で、これは上手い。

面白さを反芻しながら、16時半からイランの会社と1件ミーティング。17時からファジル映画祭の方と事務的な処理を済ませる。すると「これからあなたに取材をしたい人がいるのだが構わないか?」と尋ねられたのでもちろんと答えて待っていると、やがてカメラとマイクを持った若い女性がやってきた。

女性の後をついていくと、駐車場に行き、車に乗るように促される。どこか別の場所に向かうのかな、と思って乗ってみると、その女性はフロントガラスを背にして助手席に座り、後部座席に座る僕に正面からカメラを向けて、そのまま車はテヘランの街中を走り出した。車内でインタビューなのか、と驚いている間もなく質問が始まり「イランは初めてですか?」「映画祭の印象はどうですか?」「テヘランと東京の交通事情を比べてどうですか?」「キアロスタミ監督は好きですか?」「キアロスタミ監督が日本で作った『ライク・サムワン・イン・ラブ』をどう思っていますか?」などを聞かれ、正直な感想を答えていく。

やがて「キアロスタミ映画のように車内で撮影されることをどう思いますか?」と質問され、そういうことだったのか! と一気に理解して爆笑してしまった! これは『10話』なのだ。「車内映画」を発明したキアロスタミへのオマージュなのだ!

そう理解すると、テヘランの街中を走る車の中でカメラを向けられる体験が極めて特別なものに思えてくる。まるでキアロスタミ映画を生きるようではないか!

この女性は自らも映画監督であるそうで、今回のファジル映画祭の短編部門にも出品しているらしい。ファジル映画祭のメイキング映像の製作を依頼され、映画祭を訪れる外国人を取材するにあたり、彼女がキアロスタミ的車内インタビューを思いついたそうだ。素晴らしい。東京国際映画祭に短編部門がないことを詫びつつ、今回の作品の授賞をお祈りしていますと伝える。そして準備中であるという長編作品が出来たら是非見せて下さいね、とも。

面白い出会いと体験があるものだなあ、と喜びつつ会場に戻ると、マーケットは本日が最終日だというのにやけにたくさん人がいる。まだまだ盛り上がっているようだ。

夜は上映を見ることにして、19時20分からコンペ部門のイラン映画で『The End of Dreams』という作品。オーソドックスな児童映画で、悪いことをしたらバチがあたりますよ、というストレートな内容だ。山村に暮らす少年が馬好きのあまり親に黙って深夜に馬を連れ出したところ落馬してしまい、転倒した馬は翌日出産中に死亡、少年も頭を打った後遺症で失明してしまう…。とまあこんな話。コンペにイラン映画は3本あって、それぞれ全く異なるテイストの作品を揃えたという印象だ。

続けて21時10分から「アジア・パノラマ部門」で『Rauf』というトルコの作品へ。トルコ人とクルド人の共同監督で、上映前に「政府は勝手にトルコ人とクルド人は合わないと決めつけているので、我々の共同作業をアピールするのはとても大切なんです」とスピーチする。イラン人観客から拍手が起きる。作品は辺境の地で暮らす少年が年上の女性に抱く淡い恋心を美しい映像で語るもの。音楽が大仰で多少ベタなところもあるものの、好感の抱ける佳作だ。

23時に上映終わり、ホテル戻ってパソコン開いて少し仕事して、ふと映画祭の公式カタログのページをめくってみたら…。なんと! 午前中に見た短編の『Online Shopping』を監督したのが、まさにさっき僕を車内インタビューしてくれた女性だった! 短編コンペは20本近くあるのに、たまたま1本だけビデオ・ライブラリーで見たのがこの作品だったのだ。こんな偶然ってあるのかと興奮し、もらった名刺を確認して速攻彼女にメールする。

映画祭というのはつくづく不思議なことが起きる場なのだ…。

<4月27日(木)>
27日、木曜日。6時20分起床。シャワー浴びて朝食食べて、午前中は少しパソコンを叩いてから、急ぎで見なければいけないイタリア映画があったのでパソコンでそのDVDを鑑賞する。イラン映画漬けの中でイタリア映画を突然見るとかなり時空が捻じれる…。

11時半にホテルを出ると今日もとても爽やかな天気で気持ちがいい。映画祭会場まで歩き、フードコートにイラン料理コーナーでシチューと野菜ライスを頂いてから上映へ。

13時から「折れたオリーブの木」部門で『Kweires My Home Land』という2016年のイラン映画。ISISによるシリアのアレッポ占拠が続く中、クエイレスという空軍基地を死守したイラン軍兵士たちの3年間にわたる戦いを描く内容のドキュメンタリーで、ISISの残虐非道な行為や生々しい戦闘の映像が見る者の血を凍らせる。携帯で撮影された映像や、監視カメラの映像、ニュース映像、兵士へのインタビューなどで構成され、ひとりの兵士の出兵と帰還のドラマにもなっている。それにしても何と貴重な特集であることか。映画にアクチュアリティーを期待するとしたら、この部門ほど重要な特集はないだろう。全作品を見る時間が作れなかったことがつくづく悔やまれる。

感想を整理しようとコーヒーを飲んでいると、取材したいという男性が話しかけてきたので、そのままカフェで20分ほどお話しする。ファジル映画祭や昨今のイラン映画の感想について思うことを懸命にしゃべってみる。映画祭を主催する側にいる自分としては、外国の映画人の感想をもらうことの重要性を誰よりも理解しているつもりなので、こういう話に手を抜いてはいけないのだ。もっとも、イラン映画は歴史があるし、キアロスタミやファルハディという国際的存在がいて、そして昨今の「激しい口論がドラマを牽引する家族映画」や「女性差別告発映画」のブームなど、世界の中でも際立った特徴を数多く備えているので、取材されても話すネタに事欠かない。さらに検閲の存在や、アメリカによって世界的に喧伝される悪いイメージと実際の姿のギャップなど、政治的な話にまで広げるならばなおさらで、ずっと話していたいくらいだ。

続いて15時から特別上映部門で『I want to』というイラン映画。商業コメディードラマで、うつ状態でスランプの作家が、耳元で音楽が鳴るようになったために辺り構わず踊り出し、おかげでストレスが解消されて創作意欲が復活するものの、周囲からは狂人扱いされていくという内容。笑いの質がいささかローカルなのか、僕は上滑りの印象を受けてしまい、あまり響かなかった。涙は感情で、笑いは文化を反映するからとも言われるように、コメディーが国境を越えるのは実は難しい。ゆえに、優れたコメディーこそが優れた映画であるともいえるわけで、なかなかにこの境目は手ごわいのだ。

上映終わって17時。映画祭会場からシャトルに乗って、クロージング・セレモニーの会場に向かう。車で数分走った先にあるホール会場で、ロビーではレセプションが始まっている。なかなかの盛況だ! フルーツジュースで喉を潤しながらブラブラとしていると、取材をしたいとまた声をかけられたので、何の取材か分からないけど促されるがままカメラの前でインタビューに答える。

難しい質問をされないので無難に答えていると、突然「キアロスタミ監督はクロサワ監督を敬愛していましたが、ふたりの共通点は何でしょう?」と尋ねられて、一瞬絶句。とっさに「ふたりとも黒メガネをかけていますね」と絶妙のジョークで切り返してみたら「それしかないってことですか?」と真顔で返されて絶妙なジョークは空振りに終わり、仕方ないので「ふたりともヒューマニズムがゴニョゴニョ…」と必死にごまかす。まったく、油断は禁物だ!

ロビーから場内に移動し、セレモニー開始。立派な劇場で、檀上の演出も映像を上手く用いて見応えがあり、とても素敵だ。各賞の発表が続き、短編コンペのグランプリが発表されると、なんと昨日の車内取材の女性が監督した短編『Online Shopping』が見事に受賞した! たった1日の縁だけど、偶然続きのこの展開には全く驚きだ。登壇した監督の写真を撮り、あとでメールで送って祝福しよう。

長編コンペの発表になり、原田美枝子さんを交えた審査員たちが一斉に登壇し、各賞を発表していく。コンペには東京国際映画祭でも縁のある作品がノミネートされていて、昨年のTIFFのコンペで芸術貢献賞を受賞した中国の『ミスター・ノー・プロブレム』がこちらファジルでも芸術賞を受賞。メイ・フォン監督は来ていなかったので残念だけど、東アジア勢としてもこの受賞はとても嬉しい(ちなみにコンペに日本作品はなし)。

主演男優賞と女優賞は、昨年のTIFF「ワールド・フォーカス」で上映したブルガリア作品『グローリー』の主演の男女がそろって受賞した。女優のマルギタ・ゴシェヴァさんは同じ監督の前作『ザ・レッスン』でTIFFに来日してくれた方でもあり、これまた興奮する。『グローリー』は日本で劇場公開の話もあるはずなので、今後の展開も楽しみだ。

監督賞はコロンビア作品『Guily Men』のIvan D. Gaona監督へ。僕は本作を昨年見ていたのだけど、骨太の物語にセンスの良い映像と音楽が加わり、完成度の高い作品だと思っていたので納得。コロンビアは現在もっとも映画的に熱い国のひとつなので、その勢いをファジルでも証明した形だ。コロンビアのフォローは欠かせない。

そして、グランプリは、『The Home』。これは予想通り! イラン映画特有の家族のもめごとに、欧州映画祭で幅を利かせたリアリズム演出が融合し、見事な効果を挙げている。コンペ作をすべて見られたわけではないけれど、『The Home』は受賞候補だろうと直ちに思わせる作品で、要所で大事な作品が見られたのはとても運がよかった。

檀上では左右の奥に女性ミュージシャンたちが控え、伝統的な打楽器の演奏で各受賞の瞬間を盛り上げる。奥のスクリーンには映画祭ビジュアルを展開したアニメーションや風景映像、あるいは映画祭のダイジェスト映像が流れて、シンプルだけど美しくスムーズで飽きない演出が好感度大だ。

さて、授賞式が無事に終わり、司会者が世界平和を祈願するコメントを含んで来年もお会いしましょうと感動的に締めくくり、お開きとなった。観客がぞろぞろと外に向かい、半分くらいが退出したあたりで「セレモニーは終わりではありません。サプライズがありますのでお席にお戻りください」(という意味だと後から知った)とアナウンスが流れる。みな怪訝な顔をしながら場内に戻るものの、半分くらいは空席になってしまった。そこにバンドが登壇し、やがて男性歌手が登場。立派な歌と演奏のパフォーマンスを披露する。

どうやら、エンディング・パフォーマンスがあることを司会者が場内に伝え忘れたようなのだ。文化大臣をはじめとしたお歴々が来場している中で、このミスは痛恨だ…。しかも登場した歌手はイランの大物らしい。満席の観客がぞろぞろ帰ってしまう状況を前にした舞台裏のパニックは想像するに余りある。主催者と司会者は裏で怒鳴り合っているに違いない。ああ、まったく他人事ではない。

映画祭を催す側としては悪夢のような演出ミスを目の当たりにして胸が引き裂かれそうな思いだけど、それ以外はとても素晴らしいセレモニーだったので、どうかあまり気にしないでほしいと映画祭側に念を送る…。

会場の外に出ると、雨が降っている。ここ数日、日中の気候の変動が激しいのは、たまたまなのか、それともテヘラン特有なのか。セレモニー後の夕食パーティーが宿泊先のホテルで開催されるため、用意された車に乗りこむ。大広間に机を並べた着席スタイルのビュッフェディナーで、日本人チームで机を囲んでイラン料理を頂く。やはりこういうときにお酒を飲めないのは物足りないなあと嘆きつつ、紅茶とヨーグルトドリンクで乾杯。まあ、たまにはいいではないか。

23時くらいにはなんとなくお開きモードになり、解散。お酒がないからか、ハケが早いような気もする。ふつうはいつまでもダラダラと飲んでいる人がいるからね。

部屋に戻って、短編の監督や主演女優賞の女優さんなど、メアドを持っている人たちに祝電メールを送り、バッタリとダウン。

<4月28日>
28日、金曜日。6時20分にぱっちりと目が覚める。やはりお酒を飲んでいないと寝覚めがいいのだろうか? 1年に1週間こういう体験があるのは、いいかもしれないなあ。

金曜日はこちらでは休日だそうで、確かに外に出ると人や車が少ない。後から聞いたところによると、日本人チームで大バザールにでかけたところ、見事に休日でバザールが休みで広大な広場に人っ子一人いなくて愕然としたそうな。クロージングが木曜の夜に行われるのは休日の前夜だからで、ちょっとした日常の習慣の違いが面白くてたまらない。

僕はバザール行きや博物館行きには参加していなくて、というのもどうしてもあまり観光に興味がないというか、映画を見る楽しみを観光の楽しみが上回ることは決してないことが最近分かってきたので(遅いよ)、映画祭最終日でまだ少し上映が残っているならそっちを優先したい。

ということで、午前中はパソコン仕事をしたり、ブログを書いたりして、昼になってパッキング。スーパーで買い過ぎた品々が猛烈に嵩張り、久しぶりにトランクが閉まらない。全体重を乗っけてトランクを無理やり閉めて、いったんホテルをチェックアウトして荷物を預け、映画祭会場へ。

フードコートで最後のイラン料理を食べて(シチューと野菜ゴハンと、終盤になってはまってきたラッシーに香料が入ったヨーグルトのような飲料)、「パノラマ・アジア」部門の『The Father’s Will』というキルギスタンの作品を見る。

アメリカで家族と暮らしているキルギスタン出身の青年が故郷の村に帰り、父のかつての友人たちに会う中で、父が故郷を捨てた事情が少しずつ明らかになっていく物語。過疎が進む山間の村の美しさや素朴な人々の暮らしをじっくりと丁寧に描いていくミニマルな作りで、いわゆる「映画祭映画」的なアート色の強い作品だ。とてもスローだけど、心に染みる美しさがある。こういう作品はスクリーンで見るに限るし、そもそもキルギスタン映画を見る機会は限られているので、やはり上映を選んでよかった。

映画祭最終日は受賞作品のアンコール上映があるほかは、ハシゴできるほどの番組は組まれていないので、この1本にて僕のファジル映画祭鑑賞体験は終了。イラン映画がたっぷり見られたこともよかったし、初めてのテヘランが体験できて刺激的だったし、何よりも未知の映画祭を訪れること以上の喜びはない。

ホテルに戻り、映画祭が用意してくれた車に乗り込んで17時半に出発し、空港へ。早めに着いたので日本人一行で映画祭の感想などを話しながらジュースを飲み、搭乗して21時にテヘランを離陸。素晴らしい1週間でした。また来られる日が来ますように!

22時半過ぎに乗り継ぎ地のドバイ到着。日本人一行で再集合し、レストランに入って生ビールで乾杯! 1週間ぶりに飲む冷えた生ビールのおいしさを文字にするのは難しい。体の細胞のひとつひとつに染みわたる! でも、ひとはビールなしでも十分に生きていけるのだということを理解した自分は、もう1週間前と同じ自分ではないのだ。

午前2時20分(29日ドバイ時間)の成田行きの便に乗り、機内でこのブログ日記の最終日分を書いて、そろそろ着陸態勢に入るとのアナウンス。日本時間で29日(土)の17時半到着予定。無事に着けば、明日のイタリア映画祭でのトークの司会を始め、また慌ただしい日常が待っている。がんばろう。

お疲れ様でした!

《矢田部吉彦》

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