【シネマモード】思いつくまま撮影できる時代だからこそ…人々を惹きつける写真家ロベール・ドアノーの魅力を知る

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『パリが愛した写真家 ロベール・ドアノー<永遠の3秒>』(C)2016/Day For Productions/ARTE France/INA (C)Atelier Robert Doisneau
『パリが愛した写真家 ロベール・ドアノー<永遠の3秒>』(C)2016/Day For Productions/ARTE France/INA (C)Atelier Robert Doisneau 全 7 枚 拡大写真
花の都、恋の街、モードの発信地でもあるパリ。あなたが、もしそんなイメージを持っているなら、それを印象づけたのはいったい何だったのでしょう。古くは、ジャック・タチやジャック・リヴェット、フランソワ・トリュフォーやジャン=リュック・ゴダールらの映画や、ココ・シャネル、クリスチャン・ディオール、イヴ・サンローランといったファッション、フランス・ギャルやシルヴィ・バルタンらのフレンチ・ポップス。それらの影響を受け、自由な発想を持つフランスの現代カルチャーも、自国の粋な伝統を受け継ぎ、世界中の人々を惹きつけています。

そんなフランスの小粋なエスプリを世界に印象づけたもののひとつが、有名な写真「パリ市庁舎前のキス」でしょう。撮影したのは写真家ロベール・ドアノー。彼の素顔と作品群の魅力をとらえたドキュメンタリーが『パリが愛した写真家 ロベール・ドアノー<永遠の3秒>』です。「パリ市庁舎前のキス」は、1950年に米国「LIFE」誌からの依頼で“パリの愛”をテーマに撮影された連作のうちの1点でした。あまりに有名な写真で、20世紀を象徴する写真とも言われているので、ドアノーやタイトルを知らずとも、観たことがある方も多いでしょう。ある時はポストカードで、ある時はチラリとメディアに映ったウディ・アレンの部屋で、ある時はポスター店で。実は、私も大好きでかつて自室に飾っていました。

通りすがりの恋人たちの親密な瞬間を偶然に切り取ったと思われていたこの写真ですが、実は、当時は公共の場でキスをすることがそれほど多くなかった時代。モデルを雇い、様々な場所でキスをしてもらうことで実現した企画だったようです。演出があったとしても、真のきらめきを感じるからこそ、人々はパリの持つロマンティックな表情をそこに重ねたのでしょう。それは、モデルたちが本物の恋人同士だったということもあったのでしょうが、孫娘によるドキュメンタリーを観ると、この作品が単にファッショナブルな写真として消費されていくのではなく、20世紀を象徴する1枚として永遠に色褪せないのは、ドアノーのエスプリによるものだと確信できます。

「パリ市庁舎前のキス」を、ずっと一般の人を偶然にとらえた写真だと思っていた私ですが、モデルを配していたと知っても、「なーんだ」とは思いませんでした。その理由も、このドキュメンタリーの中にあります。ドアノーは、スクープよりも日常の風景を愛する人でした。そして、自らの分を知り、芸術家ではなくあくまでも職人であることを貫いた人。ありきたりのものや人の中にある輝きを見出すことを愛し、その瞬間が訪れるまで歩き、探し、待つ、努力の人だったのです。そして、その努力や苦労は決して作品ににじませない。でも、その裏側こそが、彼の作品の魅力の土台となっていたのです。むしろ、あの瞬間が計算によって実現していたこと、そしてそれでもなお、あの瞬間が真実となり、ロマンティックなパリという世界観を映し出す確かな細部となっていたことに驚いたのです。

私たちは、これまでになく写真と密接な関係を持つ時代に生きています。常にカメラが内蔵されたスマートフォンを持ち歩き、思いつくまま撮影し、それをSNSなどにアップロードし、人と感情を共有しています。だれもがカメラマンだと言える時代かもしれません。でも、職人になれる人はひと握り。技術や写真の出来以上に、ドアノーを写真家たらしめたのは、1秒への執念だったのかもしれません。ドアノーが生きたフィルムカメラの時代には、大きなメモリを内蔵するデジタルカメラが主流のいまでよりも、1枚の重みが違っていたことでしょう。皆、どれほどの緊張感を持ってシャッターを押していたことか。だから、その瞬間が来るのを、準備を十分に重ねてひたすら待つ。そして、その瞬間が来たことを知る嗅覚も研ぎ澄まされていく。ドアノーは、写真家は釣り人のようだと言っていたそうです。

以前、通信社の写真部門で働いていた私は、ある同僚のカメラマンにこう教えてもらったことがあります。「シャッターを押す、最も大切と思われるその瞬間に、写真家は像を観ることができない」と。写真というものが持つ不条理さと、ロマンチシズムを感じた瞬間でした。でも、だからこそ努力し、準備し、待ち続け、1秒先を予測する心の目を養う。ドアノーは、まさにその権化ともいえる人。彼の、そして作品の魅力をたっぷり味わってみてください。

《text:June Makiguchi》

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