【MOVIEブログ】2017 TIFF作品紹介スプラッシュ部門(1/2)

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『アイスと雨音』
『アイスと雨音』 全 5 枚 拡大写真
東京国際映画祭で僕が選定に関わっている部門を中心に作品を紹介するブログです。今回は「日本映画スプラッシュ」部門の作品を紹介します。

「日本映画スプラッシュ」部門は、日本のインディペンデントを応援し、日本から海外に飛び出していくような勢いのある作品を紹介する部門です。ここ数年の作品賞受賞作は『百円の恋』(2014年/武正晴監督)、『ケンとカズ』(2015年/小路紘史監督)、『プールサイドマン』(2016年/渡辺紘文監督)で、この顔ぶれを見ても部門の重要性が伝わると思います。今年も大難産の選定を経て、注目作が揃いました!(以下、敬称略で失礼します)

最初に紹介するのは、松居大悟監督の 『アイスと雨音』です。松居監督は昨年『アズミハルコは行方不明』でコンペティションに参加してくれました。今年は若い青春がほとばしる、まさに「スプラシュってる」作品を引っ提げて「スプラッシュ部門」に参戦です。

青春だけでなく、松居大悟の才気もほとばしります。物語は、若い役者が中心になって準備が進められていた舞台公演が中止になったという説明から始まります。映画は1か月前にさかのぼり、何があったのかを語っていくのですが、これをなんと松居監督はワンカットで見せていきます。この映画はワンカットです。カメラが切れません。しかし映画の中で経過する時間は1か月です。74分の映画なのにワンカットで1か月を見せるなんて、何を言っているのかよく分からないかもしれませんが、まさに見て驚いて頂きたい。これはちょっとすごいです。

ワンカット映画は『エルミタージュ幻想』(02)や、TIFFの芸術貢献賞を受賞した『ワルツ』(07)、同「ある視点」部門作品賞の『ライブテープ』(09)、あるいはアカデミー賞の『バードマン』(やや変則版ですが)、さらにはベルリン映画祭で受賞した驚異の2時間18分ワンカット映画『ヴィクトリア』(15)など、デジタルカメラの進歩に伴っていくつかの名作が作られてきています。『アイスと雨音』は上記の作品のどれとも異なり、ワンカット映画の新たな可能性を切り開いています。

松居監督は自ら役者であり、演劇人でもあります。映画の技術と芝居のライブ感の合体を可能にする才能を惜しげもなくぶち込み、『自分の事ばかりで情けなくなるよ』(13)の焦燥感や『私たちのハァハァ』(15)の疾走感をさらにパワーアップさせて作り上げた『アイスと雨音』は、松居青春映画の決定版とも呼べる作品になりました。もう青くて熱い青春汁が画面からダダ漏れです。ウルトラフレッシュな役者陣のリアルタイムな青春を、是非一緒に体験して下さい。

続いて、杉田協士監督の6年振り2本目の長編となる 『ひかりの歌』。1本目の『ひとつの歌』(11)はスプラッシュ部門の前身となる「日本映画・ある視点」部門でご招待しました。久しぶりの映画祭参加となりますが、『ひかりの歌』は急がず丁寧に作られたことがよく分かる、杉田監督の豊かな才能が改めて証明される作品です。

4章の短編からなる連作集で、それぞれが異なる4つの短歌をタイトルに戴いています。杉田監督は「光」をテーマにした短歌コンテストを実施し、寄せられた1200首から4首を選び、歌から受ける連想を膨らませる形でショートストーリーを語る手法を取りました。例えば、第1章の短歌です:「反対になった電池が光らない理由だなんて思えなかった」。

短歌に続く作品を見ると、この句からこんな物語が生まれるなんて、もう素敵過ぎると感嘆するしかないのですが、それぞれの物語が見事に胸に染みる出来栄えです。語られるのは、孤独の中に生きる4人の女性の物語。静かにじっくりと、4つの孤独が綴られます。「光」はテーマのひとつではありますが、当然タイトルの「歌」や「音」も重要な役割を演じます。

孤独を扱ってはいますが、僕がこの映画が素晴らしいと思っている理由のひとつは、とてもポジティブであることです。もちろん「光」は闇を照らす希望に他ならないわけですが、暗い映画を作って最後に希望を持ってくるという構造の映画ではありません。全体のトーンがポジティブである点に非常に惹かれます。映像のタッチ、編集のテンポ、役者の佇まい、全てが柔らかくポジティブな光に包まれていて、静かに孤独を描きながら暗くないという印象を与える作品です。これはとても稀有なことだと思いますし、監督の世界観に全幅の信頼を寄せたくなります。

並木愛枝、笠島智、北村美岬、伊東茄那という4編のヒロインを演じる4人の女優たちがそれぞれナチュラルで本当に魅力的です。そして並木さんとともに「群青いろ」でお馴染みの廣末哲万さんもしっかりと脇で存在感を発揮しています。杉田監督はまるで彼らが暮らす日常を自分の世界に取り込み、住人の中から彼らを抽出してその人生と愛を丁寧に語ってみせたように見えます。それほど、役者と物語が一体化しています。その場に立ち会える観客としては、幸せ以外の言葉を思いつきません。

3本目は 『Of Love and Law』という作品です。一組の男性カップルの仕事と生活を追うドキュメンタリーで、そのカップルが二人とも弁護士であるという点で突出した吸引力を持つ作品です。

作品はカズさんとフミさんという弁護士カップルに3年間寄り添い、ふたりの関係を描くとともに、手掛けるケースも追っていきます。性的マイノリティとされる彼らの元には、同様の立場で社会的不利益を被っている人々から相談が寄せられます。あるいは、性を巡って社会的注目を浴びる事件も担当します。そのひとつの例が、漫画家のろくでなし子さんのケースで、女性器をモチーフにしたアート作品を作った彼女がわいせつ物領布で逮捕されたことを報道で知った人も多いかと思います。そのなし子さんの弁護を務めているのがカズさんとフミさんで、映画はこの裁判の様子も追っていきます。

このように、ふたりに密着する中で、現代日本社会の断面が見えてくる点がこの作品の大きな魅力のひとつです。それだけでも大したものなのですが、何といってもカズさんとフミさんのキャラクターが素晴らしい。弁護士と言えども彼らも人間なので、厄介なケースを前に愚痴のひとつもこぼすし、悩んでもいるし、ストレスでケンカをしたりもします。とても「人間くさい」ふたりですが、仕事への取り組み方はプロ中のプロそのもので、そのギャップも見どころだったりします。

弁護士の仕事ぶりを垣間見ること自体が滅多にないことなのに、その二人が男性カップルであるがゆえの特別性は作品に無類の面白さをもたらしています。「面白い」という形容は失礼と思われないようにしないといけないのですが、大阪で開業していて関西人特有のノリ(これも偏見だとしたらよくないですが)の明るいふたりは、見ていてどこまでも楽しく、面白いのです。あるいは、同性婚を巡る現状を語るにあたり、彼ら以上に相応しい存在がいると思えません。我々の目を開けてくれるのだから、徹頭徹尾面白いと言わざるを得ないのです。

この奇跡的な被写体にどうやって出会ったのか、戸田ひかる監督に映画祭で質問するのが今から待ちきれません。戸田監督はロンドンを拠点に映像を製作されている方で、イギリス人監督と共同で大阪のラブホテルを描く作品を手掛けていますが、今作『Of Love and Law』を作るために22年振りに日本で暮らしたそうです。監督本人の話もじっくりお聞きしたいですし、これはまずいですね。Q&Aの時間が全く足りそうもない!

4本目は 『うろんなところ』、池田暁監督の新作です。池田監督は『山守クリップ工場』(13)がPFFで受賞したのち、ロッテルダム映画祭にも選ばれてタイガー・アワードに輝いています。全く独自の美学とセンスを持った、超個性派、ウルトラユニークな作家です。

タイトルからしていいですね。「うろん」という言葉、最近聞かなくなりましたが、かつては普通に使われていた気もします。グーグルに入れると「確かでなく怪しいこと、うさんくさいこと」と出ますが、この言葉が普通に使われていた昭和のテイストを前面に出した怪しい映画、それが『うろんなところ』です。

物語を要約するのは不可能なので省略せざるを得ないのですが、ある「うろんな」町で起こる小さな事件やそこに関わる人たちを観察する内容で、シュールで白日夢的な、理論や理屈を超越した世界が展開します。しかし、ゆるやかに物語や状況は繋がっていて、ディテールや人物の面白さにはまっていく楽しさがたまりません。

例えば「にょらが」という存在が出てくるのですが、水木しげる的妖怪とも形而上的メタファーとも違う、形容不能な生き物として地域の生活の一部になっています。映画の中の人物たちは不思議な土地の不思議な生活に疑問を持っていないようで、つまりファンタジーと呼んでもいいのですが、やはりこれは怖くない悪夢(って見ますよね)と呼びたくなります。

この想像力と、脳に浮かんだイメージを映像化できる創造力が池田監督を特異な存在に押し上げています。このセンスにはまるかはまらないか、好きな人は大好きで、理解できない人はとことん理解できないというように、受け入れ方がふたつにくっきり分かれる作品でしょう。それだけ個性が突出しているということであり、つまり「スプラッシュ」で応援したくなる存在なのです。

シュール・コメディー、あるいはナンセンス・コメディーと呼ぶことも可能かもしれませんが、現代社会への批判を含んでいるのかどうか、深読みをしたくもなります。そこは監督に聞いてみたいところですが、日本映画へのオマージュがあることは確かだと思います。実に奇妙な家族が食卓を囲むシーンなどは、小津の名前を出すまでもなく昭和の名作の香りが漂っています。このあたりは外国観客の関心を惹きそうです。不思議な映画に出会い方に絶対的におすすめしたい作品です。

5本目は、緒方貴臣監督の 『飢えたライオン』という作品です。緒方監督も個性派ですが、池田監督とは方向性が180度異なります。現代社会の事象を独自の切り口で映画に取り込み、スタイリッシュな映像と編集センスでシャープな作品を手掛ける気鋭の才能です。

前作『子宮に沈める』(13)は児童放置死事件を扱ったヘヴィーな内容でしたが、ただ悲劇を感情的に押し付けるのではなく、映画として見応えのある演出スタイルを伴っているために刺激的な思考を可能とさせる力を持った秀作でした。本作でもそのスタイル/スタンスは継続し、発展しています。

高校教師が淫行容疑で学校を追放され、その相手に仕立て上げられてしまう女子学生の身に降りかかる悲劇が描かれます。SNSで広まり続ける映像や、止めることのできない(フェイク)ニュースの伝播という現代の凶器がヒロインを追い詰めていく様を、映画は感情を殺したクールな語り口で綴ります。タッチがドライである分、リアルさが増していくようです。

映画の少し引いたような、淡々とした客観的視点は、もうこちらがどんなに手を伸ばしても届かないような、我々には助けようがないのだという思いにさせ、焦ります。同じような焦りを『リリイシュシュのすべて』で感じたことがありますが、ネット時代初期の傑作から16年、時代の進み方に愕然となります。

ボーイフレンドと過ごす幸せな日々から転落してしまい、痛みに苦しんでいるはずなのに本音を見せ(られ)ない態度を貫くヒロインを演じる松林うららさんが作品にフィットして実にいい。そして彼女の母親役の筒井真理子さんが実質的に映画を支えており、監督の独自の美意識で作られる画面の中で優れた役者陣の存在が作品の説得力を引き上げています。

効果的なワンシーン・ワンカット、あるいは個性的なアングルからの固定カメラの長廻しなど、美的にも惹き付けられるショットが多く、映像の魅力は鮮烈です。映画は教室の朝礼からスタートしますが、この最初のシーンを見るだけで監督の演出センスは明らかでしょう。海外の映画祭プログラマーが注目するであろう才能の持ち主だと感じますし、本作の今後の日本以外での展開も楽しみになります。既に内外の映画祭への参加経験も豊富な緒方監督ですが、未体験の方は必ずTIFFで発見されますように!

以上、まずは9本中5本の紹介でした。ワンカット青春ほとばしり映画、心に染みる女性のドラマ、LGBT弁護士ドキュメンタリー、超個性派シュールコメディー、社会派鋭利スタイル系ドラマ。もう5本が5本とも見事に全く異なる作風で、興奮します!

《矢田部吉彦》

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