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映画『梟ーフクロウー』時代も国も超える超感覚スリラー…常闇に紛れる真実を見逃さないで

リュ・ジュンヨルとユ・ヘジンを迎えたアン・テジン監督の長編デビュー作『梟ーフクロウー』は劇場で五感を研ぎ澄ませながら観てこそ、その醍醐味を堪能できる

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『梟ーフクロウー』© 2022 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & C-JES ENTERTAINMENT & CINEMA DAM DAM. All Rights Reserved.
『梟ーフクロウー』© 2022 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & C-JES ENTERTAINMENT & CINEMA DAM DAM. All Rights Reserved. 全 8 枚
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劇場で五感を研ぎ澄ませながら観てこそ、その醍醐味を堪能できる韓国映画が登場した。大ヒット作『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』など確かな演技力で知られるリュ・ジュンヨルユ・ヘジンを迎えたアン・テジン監督の長編デビュー作、2023年韓国国内映画賞で25冠の最多受賞を達成した『梟ーフクロウー』だ。

朝鮮王朝時代の記録物<仁祖実録>(1645年)に記された、たった数行の史実に、韓国エンタメが得意とする斬新なイマジネーションを加えた<全感覚麻痺>のサスペンス・スリラー。この映画体験は、スクリーンで繰り広げられる緊迫の瞬間に刮目し、耳を澄ませ、想像力を働かせて楽しむもの。鑑賞後には心地の良い疲労感、充足感が味わえる作品となっている。


王子の最期を目撃したのは…
盲目の鍼医


“朝鮮に戻った王の子は、ほどなくして病にかかり、命を落とした。
彼の全身は黒く変色し、目や耳、鼻や口など七つの穴から鮮血を流し、さながら薬物中毒死のようであった。”

<仁祖実録>にこう記された史実から生まれた本作。舞台となるのは、朝鮮王朝の第16代国王・仁祖(インジョ)の時代。当時の中国・清で人質となっていた仁祖の長男・昭顕(ソヒョン)世子が8年ぶりに帰郷したのも束の間、その不審な死を盲目の鍼医が目撃する、という物語。118分、ひとときも目を離すことのできない宮廷での闇を描いている。

秘密を抱えた盲目の鍼医、不仲の父子(王と王子)関係、宮廷で蠢く権力争いなど、濃密な人間ドラマとしても見どころポイントは満載だ。

リュ・ジュンヨルが演じる盲目の鍼師チョン・ギョンスは、心臓に病を抱えた弟を養うため鍼医として宮廷の内医院に入る。すぐにその有能さを買われると、帰郷時から咳こんでいたソヒョン世子(※世子:王の跡継ぎ)に鍼を打つことになる。

清で8年もの間、人質となりながらも見聞を広めて帰ってきた世子は、朝鮮の将来のためには西洋と交易している清と手を結ぶことが最良と考えていたが、清に根深い恨みを持つ父・仁祖はまるで聞く耳を持たない。仁祖が世子に向かって硯を投げつけた、というエピソードも史実にあるほどだ。

先見の明があり思慮深い世子に、ギョンスは「物事が正しく見えるゆえに体調が優れないのです」と鍼治療の後に言い添える。そして、ときには「目を閉じて生きるほうが体によいときがあります」と話す。自分のような身分の低い者、社会的な弱者は“見ざる、言わざる、聞かざる”で、何も知らないふりをしているからこそ宮廷で仕事ができ、生きていくことができる、というのだ。

こうしたギョンスの慎ましくも誠実な姿勢と卓越した鍼の技術は、世子やその息子である世孫ら周囲から信頼を得るが、そんな矢先に、世子が“目や耳、鼻や口など七つの穴から鮮血を流し”亡くなる現場を目撃してしまう。

見えないふり、聞こえないふりが肝要である宮廷で、“唯一の目撃者”となったギョンスが抱えた秘密は夜更けの宮廷に狂騒と混乱をもたらしていく。目を懲らしていなければ見逃してしまいそうな暗闇の中での探り合いと、二転三転していくストーリーは、監督のアン・テジン曰く「巨大な牢獄のように閉ざされた」宮廷という舞台装置までもが生きた役者となる。

漆黒の闇の中でこそ目を見開き、物事を見極めようとするギョンスを演じるリュ・ジュンヨルの熱演に導かれながら、先の読めない緊迫の昼夜が没入感たっぷりの映像、メリハリの利いた音響とともに過ぎていく。確かに、これまで幾多の韓国映画・ドラマで見慣れてきたはずの宮廷に、自身も閉じ込められているような感覚におちいる。

ギョンス役のリュ・ジュンヨルと仁祖を演じるユ・ヘジンは、本作で3度目のタッグ。ユ・ヘジンは、ヒョンビンと名コンビを組んだ映画『コンフィデンシャル/共助』シリーズや人気バラエティ「三食ごはん」などで、ちょっぴり冴えないけれど“人がいい”イメージがあるだけに、今回のような役回りはかなり異色だ。


朝鮮王朝史上、最も屈辱を受けた王の業


ユ・ヘジンが演じた本作の仁祖は、決してヒロイックな王ではない。

映画『王になった男』ではイ・ビョンホン、ドラマ版ではヨ・ジングが演じた先代・光海君をクーデターで倒し即位したものの、当時、中国北方で勢力を広げていた弁髪の女真族による清に攻めこまれ、真冬に南漢山城という要塞のような山城に追い詰められた後に降参(1636年・丙子の乱)。清の皇帝の前で、“三跪九叩頭の礼”という3度跪き9回頭を地につける屈辱的な行為により忠誠を誓わされた王である。

こうした背景は、「イカゲーム」ファン・ドンヒョク監督による2017年製作の映画『天命の城』に詳しい(同作では仁祖を『別れる決心』のパク・ヘイル、清に対して講和派の官僚をイ・ビョンホン、主戦派の官僚をキム・ユンソクが演じていた)。

朝鮮王朝がそれまで長らく宗属してきた明は滅亡し、清がとって代わった。降伏の条件として大切な跡継ぎの世子とその家族が人質となり、多額の賠償金や大量の捕虜を取られ、国自体が困窮した。こうした状況により心身を蝕まれていったのが、本作に登場する王なのだ。

それに李氏朝鮮時代の王といえば、『王になった男』やそれこそ「赤い袖先」などのように、紅の韓服に黄金の龍の刺繍が施された衣がお馴染み。ところが、本作で世子の帰郷を迎えた仁祖は清の皇帝からその着衣を禁じられたため臣下と同じ紺色の衣を着ており、むしろ清の人質だった世子のほうが色鮮やかな衣を纏っている。

この違いだけでも、屈辱と劣等感、悔恨に苛まれた8年を過ごしてきた仁祖の闇がうかがえるというもの。過去に囚われ、新しい国づくりに踏み切れず、変化しなければならないタイミングで変わることのできなかった苦悩を抱えた王を、あのユ・ヘジンが演じるのだから見逃せない。

なお、同じ史実が登場する作品としては、本作も手がけたCJes Studioの製作ドラマで設定にひねりを加えた「魅惑の人」がNetflixで配信中。医療時代劇ドラマの傑作、チョ・スンウ主演の「馬医」(12)もソヒョン世子の死をきっかけに主人公たちの運命が狂わされていき、仁祖の側室ら女性たちを主人公にした「花たちの戦い~宮廷残酷史~」(13)や光海君の異母妹・貞明公主を主人公にした「華政(ファジョン)」(15)といったドラマも制作されている。いずれも、世子は毒殺された、という描き方だ。

「華政」や「魅惑の人」にも出演しているベテラン俳優チョ・ソンハは、本作にも出演。また、登場シーンは多くないながらも、「その年、私たちは」でTVプロデューサーを演じたほか「地獄が呼んでいる」「Sweet Home-俺と世界の絶望-」などに出演してきたキム・ソンチョルが、ソヒョン世子として印象深い演技を見せる。

その息子の世孫役はドラマ「王になった男」に出演し、「赤い袖先」ではイ・ジュノの子ども時代を演じたイ・ジュウォン。ギョンスに宮廷の“しきたり”を教える先輩には『パラサイト 半地下の家族』のパク・ミョンフン、仁祖から寵愛を受ける側室・昭容(ソヨン)を「賢い医師生活」や「恋人」(原題)のアン・ウンジンなど、ドラマや映画で活躍する芸達者な俳優たちが脇を固める。

図らずも“怪奇の死”の目撃者となってしまったギョンスに、「目を見開いて生きよ」と諭していたのは他ならぬ生前のソヒョン世子だ。このやりとりは、ある人物がクライマックスで言い放つ「目を閉じて生きよ」という言葉の伏線となっている。だからこそ、怪奇の死を巡る真実が常闇の先に消えてしまいそうになったとき、盲目の鍼医は傍観者であることをやめ、「真実をこの目で見ました」「その事実は確かにありました」と告げる。

この勇気、真っ当さは私たちが本作で見逃してはならないもの。17世紀の隣国の歴史スリラーを締めくくるこの言葉の重みは、いまの日本の人々にもきっと突き刺さるはずなのだ。

『梟ーフクロウー』は新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて公開中。



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《上原礼子》

「好き」が増え続けるライター 上原礼子

出版社、編集プロダクションにて情報誌・女性誌ほか、看護専門誌の映画欄を長年担当。海外ドラマ・韓国ドラマ・K-POPなどにもハマり、ご縁あって「好き」を書くことに。ポン・ジュノ監督の言葉どおり「字幕の1インチ」を超えていくことが楽しい。保護猫の執事。LGBTQ+ Ally。レイア姫は永遠の心のヒーロー。

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