いけちゃんと恋愛小説家 vol.1 小川洋子 寂しさと共に息子の成長を見つめる母
シンプルで力強く、思わずクスリと微笑んでしまうような画風と、強烈な笑いと優しさ、そして人生の哀しさを織り交ぜた叙情的な物語で唯一無二の世界を構築する漫画家・西原理恵子。彼女が初めて手がけた絵本「いけちゃんとぼく」がこのたび実写映画化された。これを記念し、原作絵本の大ファンである小説家の方々にその魅力を語ってもらう特別インタビュー企画を3回にわたりお届け! 第1回目に登場するのは「博士の愛した数式」、「ミーナの行進」など、その美しく繊細に紡がれる物語が多くの読者を魅了する小川洋子さん。
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海辺の街に暮らす少年・ヨシオと、いつも彼に優しく寄り添う不思議ないきもの“いけちゃん”の交流を通して、少年が少しずつ大人へと成長していく姿が綴られる本作。小川さんにまず、映画を観ての感想を尋ねると「原作に忠実で、絵本と映画、その境界線を感じることなくすんなりと物語に入っていくことが出来ました」という答えが返ってきた。
「実際に動いているいけちゃんにも、全く違和感を感じなかったです。映画ならではの魅力として感じたのは、原作では描かれていない親子の関係、特に父親が戦艦・長戸が大好きで、その魅力を息子に語って聞かせる姿は父と息子の繋がりが描かれていていいな、と思いました」。
子供たちが生きる世界も決して楽しいことばかりではない。時に過酷すぎる運命が少年を襲うが、ヨシオはたくましく成長を遂げていく。子供時代の記憶、家族の絆、愛する人を思う気持ち——映画を観ると、心の奥の様々な感情を刺激されずにはいられない。小川さんの心にあふれたのは“母”としての感情だった。
「私も一人息子がいまして。もしかしたらうちの息子もいけちゃんのような存在を持っていたのかもしれないな、と思いましたね。映画の中でヨシオが成長して、大学に進学するシーンがありますが、ちょうどうちの息子と同じ年の頃なんです。あの子もこうやって子供時代を終えて、大人になっていくのかな…と」。
夫亡き後、女手一つでヨシオを育てる母親(ともさかりえ)は、ヨシオの成長に励まされつつも、どこか寂しさをも感じさせる。見えないはずのいけちゃんの存在を感じ、語りかけるシーンは母の内なる感情を優しく浮かび上がらせる。そんな母の心情を小川さんはこう代弁する。
「案外、母親のできる役割なんて少ないんですよね。子供は、母親が見てやれない部分をいけちゃんのような存在に救われてるのかもしれない。本当は、母親にもいけちゃんが必要なんです(苦笑)。でも、大人になってしまった母親にはもういけちゃんは見えない。そんな母親の寂しさや、ある種の無力感を感じさせられました」。
力強さにあふれた西原ワールドと、小川さんの作品群の中で展開される静謐な世界観。一見、対照的に見えるが、日常のある瞬間にスッと差し込まれる残酷さや生と死、喪失といった描写にはどこか共通する部分も感じられるが…。
「私には、“いけちゃん”は見えなかったんですよ。やはり、どこかで女の子の方が男の子よりも現実的な世界を見て生きているのかもしれませんね。だからこそ、私は“物語”を描くときに少年を選んでしまうんですね(笑)。生きている者と死んでいる者、目に見えるものと見えないものを隔てる、ぼんやりとした境界線の上を歩いている——危うさと、どこか愛おしさを感じさせる1〜2年が少年にはあるんです。西原さんはそういう世界を描くのが、本当にうまいですよね」。
そう語る小川さんの声もまた、映画の中でいけちゃんや母が感じさせるのと同じ、力強い愛にあふれていた。
小川洋子
1962年、岡山県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業。88年、「揚羽蝶が壊れる時」で第7回海燕新人文学賞、91年、「妊娠カレンダー」で第104回芥川賞を受賞。2004年、「博士の愛した数式」が第55回読売文学賞、第1回本屋大賞を受賞。ほかの著書に「ミーナの行進」、「猫を抱いて象と泳ぐ」などがある。
特別連載「いけちゃんと恋愛小説家」
・vol.2 梅田みか
・vol.3 角田光代
『いけちゃんとぼく』蒼井優インタビュー
http://www.cinemacafe.net/news/cgi/interview/2009/06/6101/index.html
© 西原理恵子、角川書店、 2009「いけちゃんとぼく」製作委員会
《シネマカフェ編集部》
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