堺雅人インタビュー 「幕末の負け側ばかり演じてきて、勝手に三部作って呼んでます」
時代劇ブームと言われる昨今、次々と新たな作品が公開を迎えるが、『武士の家計簿』は風変わりな一作。幕末から明治維新という激動の時代を描きつつも、主人公が刀を抜いて派手なチャンバラを見せるシーンもなければ、尊王攘夷や佐幕などの思想にかぶれて京に上ることもない。とはいえ“異色”という言葉は適当ではない。そこに描かれるのは、あの時代を生きた多くの者の“普遍”と言うべき道——妻を父母を、そしてわが子たちの暮らしを、未来を必死で守ろうとする男の姿である。この愛すべき愚直な男を静かに、淡々と演じるは堺雅人。これまでにも数々の作品で“武士”を演じてきた堺さんだが、主人公・猪山直之の視線を通して何を見たのか——?
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借り物の価値観ではなく自分の頭で考える“かっこよさ”
代々、加賀藩の御算用者、つまり経理のプロとして、“そろばん”でもって仕えてきた直之。火の車となった我が家の家計を前に、節約と倹約…否! “工夫”によって家政を立て直していく。この男から堺さんは「かっこよさ」を感じたという。
「この映画、テーマはたくさんあると思うんです。つつましやかな幸せの大切さであったり、節約という部分だったり。でも、僕自身が一番惹かれたのは、借り物の価値観ではなく、自分の頭で判断して責任を取っていく、ということ。武士だから、我が家は代々こうだから…ではなく、自分たちの範囲のことを自分たちで決めて答えを出すというその姿が、非常にかっこよかったんですね。そこに大人の成熟した男というものを感じました」。
父親を演じること自体はこれが初めてではない。にもかかわらず「父であることを強く考えさせられた」と堺さん。先にも述べた「自分の価値観」、「責任」という言葉を使ってこう説明する。
「僕は父親じゃないからまだ分からないけど、おそらく実際に父親になっても『父親とは何で、どうあるべきか?』なんてさっぱり分からないと思うんですよ。特にいまの世は、これまであったものを否定し続けて、参考にするお手本があまりにもなくなり過ぎてて、正しい父の形なんて、誰も分からなくなっている。それでも、そのときの材料で自分で考えて責任とっていくしかない。それでダメだったら謝るしかないんですよね。少なくとも誰かの価値観で“父親”であろうとするのではなく、自分で家族のあり方を決めるしかない。そういう部分での直之の毅然とした態度は憧れましたし、それはなかなかできることじゃないな、と。まだ結婚もしてないのにそんなこと考えてどうするんだ? と思いつつ(笑)、父親であることについて考えました。(父親を演じることに)もうそんな歳なのか…と喜びと戸惑いと半分半分ですけど(苦笑)」。
2004年の大河ドラマ「新撰組!」では、新撰組隊士の山南敬助を、同じく大河ドラマの「篤姫」では将軍・家定、そして今回の加賀藩士。激動の幕末の時代を描いた作品で全く身分の異なる人物をこれまでに演じてきた。それぞれの役を演じたことで武士という存在やこの時代を見つめる視点に変化は?
「いろんな武士がいるんだなってことは改めて感じましたね。時代も切り取り方によって、いろんな顔を持っていて、歴史の豊かさというのを実感しました。変わらない部分ということで言うと、山南(新撰組)も家定(徳川家)も、今回の直之(加賀藩)も、幕末における“負け側”の人間なんですよ。数年かけてこちら側(=賊軍)をやり続けてきたのがおもしろいなぁ、と。つまり、見通しのきかない時代において、間違った選択をしちゃった人たちなんです(笑)。直之も、自分の家の財政は立て直しましたが、加賀藩の藩論を佐幕に持っていったことについては、“御次執筆”という立場にあったこの人の責任が随分あると思うんです。その後、石川県(旧加賀藩)はかなり大変な目に遭うわけですしね。見通しのきかない時代に“分かったフリ”をすることなく自分で判断したという点では家定も山南も直之も同じ。自分の中で勝手に『三部作』と呼んでます(笑)。その最後を飾るにふさわしい人物、作品だったと思うし、自分の中で幕末という時代の変わらない部分ですね」。
「歴史を学ぶと“現代の価値観が一番”という視点がひっくり返る」
現代から遡ることおよそ150年。これを長いと見るか“たったの150年”と見るかは人それぞれだろうが、当然のことながら時代と共に人々の価値観も変化する。時代劇に限らず現代劇、戦時中、戦後など様々な時代の物語に身を置いてきたからだろうか? 堺さんの“価値観”に対する視点は興味深い。
「作品を通じて歴史を学んでいくと『現代の価値観が全てだ』という視点がひっくり返ることがあるんですよ。それはすごく楽しいことでもあって。例えば、父親が死んだ日も直之は帳簿をつけている、というシーンが出てきます。ここで『やらなくちゃいけないことがあるのは分かるけど、あなた個人の気持ちはどうなの?』という風に考えるのは、実は“近代的な自我”なんですね。直之としては、親が死のうがなんだろうが、やるべきことをやらなくちゃいけない、つつがなく葬儀を終えないといけない。個人の感情は後回しなんです。僕は、その姿はやっぱりかっこいいと思っちゃいました。(近代的な価値観で)『あなたらしく父親を看取りなさい』って言われたら実は困るけど『やらなくちゃいけないことをやりなさい』と言われると、何かやれる気がする。『俺が俺が』という価値観に毒された感覚に、直之の生き方が心地よく沁みこんできましたね。この時代、個人の考えがないがしろにされたり、好きな職業に就けなかったり、女性が虐げられたりして、それはもちろんマイナス面ですが、ある意味、何も考えずに就職できて、『自分とは何か?』なんて考えずに一生を終えることができたとも言える。いまの価値観が一番だと考えると、過去から現在に“悪い時代”から“良い時代”に一直線に時間が進んでいるよう思えてしまうけど、実はいまが良いとは限らない。そういうことが見えてくるんです」。
静かに淡々と…それは劇中もインタビュー中も変わらない。とはいえせっかくの幕末。一度も派手に斬り合うことがなかったのは、演じている本人としては少々物足りなかったのでは?
「いやぁ(笑)、この人生や時代を高らかと謳い上げずに淡々と、というのが楽しかったです。結構好きですね、淡々とするのは」。
“自分らしさ”第一の時代に淡々と、飄々と役に染まる——。逆説的だがそれこそが堺雅人の堺雅人たるゆえんなのだ。
《photo:Yoshio Kumagai》
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