『わが母の記』宮﨑あおい 「家のいろいろな所から声が聞こえる感じがいい」
「どれだけ会わなくても心の部分でつながっていれば大丈夫なんだって、家族のつながりや血のつながりを考えましたね…」。女優・宮﨑あおいがそんなふうに愛しい視線を注ぐのは、新作映画『わが母の記』。昭和の文豪・井上靖の自伝的小説を、役所広司、樹木希林といった日本映画界を代表する豪華キャストで描いた“家族”の愛、“親子”の絆の物語だ。一昨年の『オカンの嫁入り』、昨年の『神様のカルテ』、『ツレがうつになりまして。』、そして『わが母の記』──家族をテーマにした作品が立て続く彼女にとって『わが母の記』は再度家族の大切さを見つめ直すきっかけとなったに違いない。
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宮﨑さんが演じるのは、作家・伊上洪作(役所広司)の三女・琴子。写真を撮ることが大好きで後にカメラマンとなる、意志の強い頑固な女性だが「自分と重なるところもあって、分かるなって。共感できないところはほとんどありませんでした」。自分に近い性格だったと明かす。とはいえ、宮﨑さんにとって原田眞人監督の現場は今回が初。緊張もあったはずだ。クランクイン前のリハで「自分の役を100%把握していないと置いて行かれてしまう!」と感じたその不安は、現場でどう変化したのだろうか。「一つのシーンを長回しで何度も撮るんですが、それは(スタッフもキャストも)体力のいること。かつ気の抜けない現場でした。監督は基本的にはとても優しい方なんですが、撮影中は声を荒げることもあって、明日は我が身…と思いながら演じていました」。印象深く残っていることについては、原田監督ならではの細やかな演出を挙げる。「アヒル口は10代まで、と言われました(笑)。あと、後ろに出ていくときや振り向くときには、顎から動かして目は後からついていくようにするなど、そういった細かい指示もありましたね」。撮影時は監督の期待に応えることで精一杯だったそうだが、完成した映画を観て「そういうことだったのか!」と深く納得、原田監督の凄さを再確認したとうなずく。
撮影は、原作者・井上靖が家族と共に過ごした東京・世田谷の自宅で行われた(※撮影後、旭川へ移築)。井上氏の面影とも言えるその家の中で、琴子の祖母・八重(樹木希林)、琴子の父とその兄妹、琴子ら三姉妹──三世代にわたる伊上家の面々の人生が描かれる。「たくさんキャストの方がいて、つねにいろいろな所から声が聞こえていて、明るくて楽しい現場でした。私とあこちゃん(菊池亜希子)は、もの静かなタイプで、ミムラさんと南(果歩)さんは場を和ませてくれていました。私がいつもお菓子を持っていたので、今日はコレです! と差し入れをして、お菓子をつまみながらみんなで編み物をしたりということもありました」。そんな控え室の風景からは和やかさが伝わってくるが、映画で描かれる伊上家の根底に横たわるのは和やかさだけではない。八重の老いを通じて明らかになる母と息子のわだかまり、父に対する三姉妹の反発。どの家族も向き合わなければならない問題を、愛をもって提示するのがこの映画の素晴らしさだ。
それを代弁する演技派揃いの俳優たちも、もちろん素晴らしい。疑似家族の親子を演じた『ユリイカ』('01)以来、12年ぶりに役所さんとの共演を果たした宮﨑さんは「役所さんに大人の色気を感じた」と、自分自身の成長を喜ぶかのような言葉を口にする。「10代の子供に大人の男の人の色気は分からないですからね。それを感じられたことが嬉しくて。役所さんの色気は、空気感というか、落ちつきがあるというか、ギラギラ感がないというか、いや…それだと伝わらないかな。とにかく、色っぽいんですよ。(先輩俳優として)一緒にいるとすごく緊張するし、何を話したらいいのかそわそわするんですけど、自分のことを子供の頃から知ってくださっている方なので、落ち着くんですよね」。
祖母役の樹木さんからも“女優の凄さ”をひしひしと感じたと言う。「樹木さんの年を重ねていく演技はすごいなと思いました。私は、琴子の中学生から20代を演じましたが、おさげにして前髪も作ってもらうことで気持ちも子供に戻るし、動きも変わってくるんです。意識的に声の出し方や話すスピードは変えていますが、いつも衣裳やメイクに助けられています。けれど、おばあちゃん役となると(見た目では)琴子のように違いを出すことは難しいと思うんです。だからこそ、あれだけの時間経過を表現されていた樹木さんの演技は凄いなと。あの演技を見てしまうと“自分は役者です”と言えなくなるような、それほどの凄さでした」と、尊敬と憧れを伝える。
そして、八重の老いを通じて自分と母親とのこれからを考えたと優しくほほ笑む。「今はまだ具体的には考えられない年齢ですけれど、母が楽しいと思える毎日を送ってほしいと思いますね。この映画でも母(八重)の強さや優しさが描かれていますが、お母さんって本当に最強です。いつも見守ってくれていますし、子供に対するアンテナは凄いですよね。疲れていたり悲しいことがあったときになぜかメールが来たり、自分がギリギリ(の精神状態のとき)だと声を聞いただけで泣いてしまったり。私もそういうお母さんになれたらいいなと思います。ただ、友達のお母さんと話しているときに、母親にとっては子供に甘えてもらうのが幸せなんだと聞いたので、今は甘え続けて(笑)、でも支えてあげられる部分も徐々に増やしていけたらいいですね」。そう宮﨑さんが感じたように、この映画を観た誰もが母との過去、母との未来を考えるだろう。家族についても──「兄妹とは、年を重ねれば重ねるほど絆が深まっていく気がします。兄妹にしか分からないつながりもありますし、絶対的な信頼もある。家族や親戚を含めて、血がつながっている人たちがいるという幸せを感じています。だからこの映画のように大家族で一緒に住んでいる感じはすごく羨ましいんです。煩わしいときもあるんでしょうけど、家族がいっぱいいるっていいですよね、家のいろいろな所から声が聞こえてくる感じとかいいですよね…」。
撮影当時をふり返りながら自身の母への想い、家族への想いを語る宮﨑さんの表情は終始穏やかで優しさに包まれていた。『わが母の記』は、愛している人へ自分の想いを伝えたくなる、そんな映画であることを彼女の微笑みが物語っていた。
《photo:Yoshio Kumagai / text:Rie Shintani》
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