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【MOVIEブログ】2017 TIFF作品紹介コンペ部門(3/5)

コンペ紹介第3弾です。ヨーロッパを東に移動し、東欧はブルガリアの作品から始めます。

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『シップ・イン・ア・ルーム』
『シップ・イン・ア・ルーム』 全 3 枚
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コンペ紹介第3弾です。ヨーロッパを東に移動し、東欧はブルガリアの作品から始めます。

『シップ・イン・ア・ルーム』という作品。前回ブログではスリラー映画の紹介が続きましたが、こちらは一転してじっくりと落ち着いた人間ドラマです。しかし劇的な物語展開で引っ張るドラマではなく、主役となるのは映像です。とはいえ、いわゆる映像美で魅せる作品ではなく、日常のさりげない風景がいかに映像たりうるか、あるいは普通の映像がいかに映画たりうるかを見せてくれる作品で、つまりはとても珍しいタイプの作品といえます。

冒頭、列車がトンネルに入る長いショットに続き、新規開店前のスーパーに並ぶ人たちの顔が映し出されますが、この時点ですでになんだか気持ちいい。さりげないシーンなのに、映画のリズムに乗せられ、画面に見入ってしまいます。スタイリッシュな映像センスではなく、日常の光景を映画的に魅力のあるものとして切り取るセンスと言えばいいでしょうか。

主人公の男はカメラマンで、スーパー開店の模様を取材している過程で女性と知り合いになり、ひょんなことから女性とその弟と暮らすことになります。過去に受けた暴行が原因で心を閉ざしてしまい、外出ができない弟の面倒を女性が見ていますが、その弟に対してカメラマンの男はあることを試みます。

ネタバレしても構わないタイプの作品ではありますが、もちろんこれ以上は書かないとして、静かに3人のドラマが進行していきます。セリフは控えめに抑えられ、月並みな言い方を恐れずに書けば、雄弁なのは映像です。

この作品が優れている点は、映像が極めて身近になった現代において、映像が持ちうる力を至極シンプルに、しかし確かな感動を添えて教えてくれることにあるかもしれません。僕はこのまま本作が終わらなければいいのにと願い、もう延々と見ていたいという気持ちになりました。あらゆる光景は映画になるし、あらゆる映画は社会なのだ、とつぶやきながら…。

果たしてこんな紹介文で伝わるのだろうかと猛烈に不安に襲われてもいますが、映像の魅力を映像で語るメタな作品を前に、有効な言葉や文字が出てこないというのが正直なところです。ただ、ひとつ言えるのは、優しい映画だということです。

カメラマンも、女性も、その弟も、社会から受けた傷を抱えて生きています。しかしこの作品が寄せる眼差しは、確実に見る人の心を温かくするに違いありません。確かにカメラは戦争や虐殺を切り取るのが得意かもしれないけれど、なにげない光景に血を通わせることもできる。この映像への信頼は、映像と映画を愛する者に向けられた最上のメッセージとして観客の胸に届くはずです。

日常の風景の中で映像の意味を考えさせられる甘美な体験は、僕にちょっとホセ・ルイス・ゲリンを連想させたことを付け加えておきます。ゲリンという名前に反応した人には見て欲しいし、ゲリンって誰?という人は気にせずそれでも見て下さい。って押し売りみたいで嫌ですが、貴重な作品なので許して下さい。

続いて、ブルガリアの東、欧州とアジアの中間に位置するトルコに行きます。トルコからは新人監督や鬼才レハ・エルデム監督など、毎年刺激的な作品をコンペに招聘していますが、今年はセミフ・カプランオール監督の新作をお迎えすることになりました。ベルリン映画祭でグランプリ(金熊賞)を受賞しているカプランオール監督は、ヌリ=ビルゲ・ジェイランと並んで現在のトルコ映画界を牽引する存在です。

そのカプランオールの名を高めたのが『卵』(07)、『ミルク』(08)、『蜂蜜』(10)のいわゆる「ユスフ三部作」と呼ばれる自伝的な3作品で、これらの作品はカンヌ、ベネチア、ベルリンで上映されて高評価を獲得してきましたが、今回7年振りに発表された新作が『グレイン』です。

上記の3部作では、陽光降りそそぐ美しい自然が重要な役目を果たしていましたが、今作はなんとモノクロでディストピア近未来を描くSFであり、この大転換には驚かされました。ただ、さすがは映像美で知られるカプランオールだけあって、引き締まったモノクロ映像の迫力は圧巻で、危機に直面した地上を生々しく照らし出していきます。

舞台は人類が滅亡の危機に瀕した近未来で、持てる者が暮らす地域とスラム化した地域が厳しく隔離されて存在している。どうやら問題は食糧危機であるらしく、ある学者が人類を救う可能性のある種子(グレイン)の秘密を握る人間を探す旅に出る…、という物語です。

含まれるテーマが多岐にわたり、そして深いので、一見しただけでは受け止めきれないスケール感を備えた作品です。難民問題、格差、エコロジー、そして宗教や、科学。さらには人間のエゴまで、マクロからミクロに至る現代の事象が盛り込まれていきます。SF映画といっても、『惑星ソラリス』や『2001年宇宙の旅』の系譜にある「哲学系SF」と呼んでいいかもしれません。

しかし、教授の旅が意外な展開に富んでいることや、独特の迫力と美しさを備えた映像の魅力、あるいは難民の状況に代表されるような現代との符合は分かりやすく提示されるなど、映画は観客を前へ前へと引っ張ります。教授の不思議な旅に付き合い、荒涼たる大地をともに進むに従い、次第に我々の知的中枢はぐりぐりと刺激されていくという作品です。

主演は、『グランブルー』(88)やラース・フォン・トリアー監督の諸作品でお馴染みのフランスのジャン=マルク・バール(映画は全編英語)。ジャン=マルク・バールは監督も手掛けていますが、2017年は出演作が4本(うち主演2本)あり、精力的に役者業に取り組んでいるようです。真実を求める旅の困難さに翻弄されていく教授を絶妙に演じています。

『グレイン』もまた、滅多にお目にかかることのできないタイプとスケールの映画だと断言してしまいます。トルコの名匠が7年かけてたどり着いた新たな地平。その驚きの景色を堪能して下さい。

そして次は、トルコの北東に位置する国、ジョージア(最近までの呼称はグルジア)の作品です。ああ、もうこれは何も言わないから見て下さいと言いたい!もう見れば分かる、見てもらうしかない、そういう作品なのですが、それでは手抜きの誹りをうけてしまうので、少しだけ書きます。

『泉の少女ナーメ』という作品です。村に伝わる癒しの泉を守る一家がいて、年老いた父親は自分の跡継ぎとして娘のナーメに期待する。しかし、泉の水位が下がっていることに気づく…。

ファンタジー的な背景と、現実的な物語との調和が取れ、知らず知らずのうちに惹き込まれてしまう作品です。雄大な自然、素朴な村の佇まい、泉の中に守り神のように存在する一匹の魚、大事にその面倒を見るナーメ。目に映る何もかもが繊細な美しさをまとっています。

泉の水で病人を癒すヒーラーの父親と、家を出て聖職者になった息子たちとの関係も面白く、神話や宗教がとても身近に感じられる気がします。そして、ヒロインのナーメはある選択を迫られますが、そこには深い人類へのメッセージも込められています。

といったことは見終わった後に色々と考えるとして、まずは本作の映像美に浸って頂きたい。この一言に尽きます。ジョージアという国は、年間の製作本数こそ多くはありませんが、毎年映画祭を賑わす作品を送り出してきます。ここ数年でもアカデミー賞ノミネートの『みかんの丘(Tangerines)』(13)や、カルロヴィヴァリ映画祭受賞の『とうもろこしの国(Corn Island)』(14)、あるいは(TIFFで紹介できなかったと悔やんでいる)『The House of Others』(16)などがすぐに挙げられます。

そしてそのいずれも映像が美しいというのが特徴で、これはもはやジョージア映画の伝統なのかもしれません。そうであったとしても、『泉の少女ナーメ』の美しさは別格です。息を飲む美しさという形容は、この作品のためにあると言っても過言ではありません。

ザザ・ハルヴァシ監督(男性)は1957年生で90年代から映画を撮っており、本作が長編4本目。現在はバツミ芸術教育大学にて教鞭も執っています。本作についてはもちろん、ジョージア映画全般について話を聞くのが楽しみです。

期せずして、今回は3本とも映像に特徴がある作品が揃いました。本当に意図したわけでなく、書いている最中に気付きました。不思議です。どれも実に見応えがあるので、是非とも大スクリーンでご堪能下さい!

さて映像派3本が続いたあと、次回ブログは激しい人間ドラマを紹介することになるはずです。引き続きよろしくお願いします!

《矢田部吉彦》

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