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【MOVIEブログ】2017 TIFF作品紹介コンペ部門(5/5)

コンペ作品紹介の第5弾、全15本の最後の3本です。東アジアは中国の作品からスタートします。

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『迫り来る嵐』
『迫り来る嵐』 全 3 枚
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コンペ作品紹介の第5弾、全15本の最後の3本です。東アジアは中国の作品からスタートします。

『迫り来る嵐』という作品で、ダイナミックな中国ノワールです。犯罪映画ですが、いわゆる謎解きに集中する内容ではなく、追う者の心理を社会情勢も交えて描く人間ドラマです。しかしこの「追う者」が刑事や探偵ではなく、刑事もどきの男であるという点がこの作品の魅力です。

主人公の男は工場の警備課勤務で、泥棒の捕獲に実績を上げ、同僚からも師匠などと呼ばれてその気になっている。ある日工場の近くで殺人事件が発生し、連続女性殺人事件の犠牲者であることが分かる。男は警察の捜査に首を突っ込み、刑事気取りで犯人を追い始める。やがてその行為がエスカレートし、歯止めが効かなくなっていく…。

刑事の仕事に憧れ、捜査に協力しようとする男の心理は「痛々しい」という形容がぴったりで、このキャラクター設定が新鮮でとても惹かれます。正気なのか狂気なのか。そのどちらともつかない表情を浮かべながら、自己流捜査に邁進する主人公の特異な存在感が本作の第一の見どころです。

第二の見どころ(というか留意しておくべき点)は、時代設定でしょう。1998年の中国が背景で、急激な経済成長に向かう中、古き良き工場文化は滅びようとしている。主人公は激変する時代に戸惑う世代の象徴的な存在であると見ることもできるかもしれません。

そして見どころの第三は、ダイナミックな演出と、降りしきる雨です。始終激しい雨が降り、重要な映画の要素となります。雨と灰色の空のおかげで作品にダークで重苦しい雰囲気が立ち込め、そこに滅びゆく大工場がそびえたち、実に見ごたえのある映像が広がっていきます。

第四は…、と並べていくとキリがないですね。その中でも、新人監督による作品であることは特記しておくべきでしょう。このダイナミズムとクオリティーを見たならば、大型新人の登場と確信してもらえるはずです。そして何と言っても主人公を演じるドアン・イーホンが素晴らしい。彼はドラマをしっかりと演じることのできる中堅俳優(73年生)として、現在の中国で最も出演依頼の多い俳優であると言われています。さらに共演のジャン・イーイェンはイー・トンシン監督『修羅の剣士』(16)を始め出演作が相次ぐ気鋭の女優。キャストにも注目です。

さて、次は日本です。今年は2本の日本映画をコンペにお迎えします。まずは『最低。』という作品。瀬々敬久監督の新作です。

アダルトビデオ業界を背景に、3人の女性の物語が描かれます。ひとりは生活へのストレスからAV業界に入ろうとする主婦。もうひとりは元AV女優を母に持つ娘。3人目は現役のAV女優。物語の背景こそ大胆ですが、彼女たちの家族や夫との関係を正面から描き、堂々たる人間ドラマにして、今という時代を代表しうる女性映画です。

周知のとおり、瀬々監督はまずピンク映画の旗手として名を馳せ、その後は大予算メジャー話題作から低予算インディペンデント映画まで幅広く手がける日本でも稀有の存在です。いつか瀬々監督をコンペでお迎えしたいと願っていましたが、本作を拝見する機会を頂き、本年これ以上の作品に出会うことはあるまいと確信し、ご参加をお願いしたのが経緯です。

他人に言いづらいけれども確実に存在する職業に関連した三者三様のドラマ。奇をてらおうと思えばいくらでも狙える題材ながら、女性たちに及ぶ影響がストレートに描かれることで見ているこちらの背筋も伸びます。是非は問わず、軽々しく扱うことも、深刻になり過ぎることもなく、美化こそしないものの不潔化もせず、もちろん道徳的にもならず、あくまで映画のタッチはナチュラルで、ありのままの女性の生きざまが綴られます。しんどい局面もありますが、映画は風通しが良く、どこか爽やかですらあります。

懸命な姿勢が伝わる3人の主演女優たち(森口彩乃、佐々木心音、山田愛奈)の魅力がまずは一番の見どころに挙げられます。少しずつ世代の異なる設定の3名ですが、それぞれが瑞々しく、リアルな痛みを抱えてサバイブを希求する女性たちを見事に演じています。そして彼女たちの魅力を引き出しているのが瀬々監督であり、この作品の「爽やかさ」は、通常であればチャレンジングな題材であるに関わらず、肩に力が入らない瀬々監督のキャリアがあればこそと思わされます。

少し個人的な思い入れを書きますが、セックスをテーマに扱う映画はたくさんあるものの、セックスに必要以上の哲学的思考を求める作品が多く(特に欧州まわり)、セックスを理知的に解釈できないお前は頭が悪いと言われているようで居心地の悪い思いを常にしてきました(僕の話です)。

『最低。』で描かれるセックスは、(愛の行為ではなく)商品としてのセックスであり、そこに感情や思想の入り込む余地はあまりありません。驚いたのが、感情を必要としない機械的なAVのセックス場面の描写が、抜群に映画と相性がいいことでした。同時に、深い感情を表現しようとしてセックスを懸命に撮る映画の不自由さや難しさにも思いを馳せることになりました。感情不要のセックスを正面から描き、周りのドラマにたっぷりと感情を込める。この離れ業が出来るのは瀬々監督しかいないのではないかと思いつつ、以来映画とセックス描写についてぐるぐると考え続けています。

デリケートな話なので(しかも筋が通っているのかどうかも分からないので)ブログに書くのは控えようかと悩んだのですが、まあ本音を書くのもいいだろうとこのままにしておきます。ちなみにセックスについて考え続けているわけではないです、念のため。

『最低。』は、色々な人に色々な感想を抱かせる作品です。題材からして、日本映画がなかなか扱わないものですし、扱ったとしてもセンセーショナルなB級的作品にしてしまいがちなところ、A級のヒューマンドラマとして完成していることがこの作品の稀有な魅力です。コンペティションで堂々と外国映画と並べられる日本映画であり、是非とも注目してもらいたいと思います。

そして2本目の日本映画が『勝手にふるえてろ』です。これはもう『最低。』と180度違う世界です。互いが日本映画の極北にあるような存在。『勝手にふるえてろ』は完全無欠、最高最強のラブコメです。少女マンガを原作とする「キラキラ」な和製ラブコメはたくさん作られていて、僕もなるべく見るようにしていますが、大人の鑑賞に堪えうるものはあまり多くはありません。『勝手にふるえてろ』はそれら一連のラブコメとは天と地ほど異なります。愉快にして痛快、誰もが喝采を叫ばずにいられない傑作コメディです。

企業の経理部勤務の20代の女性が、中学時代から大好きで頭の中の大部分を占めている「イチ」と、自分を好いてくれているけどちょっとウザい「ニ」というふたりの男子の間で揺れる物語です。長い恋を抱えてしまった「こじらせ女子」ですね。「イチ」に恋した学生時代の回想や現在の自分のこだわりの紹介など、冒頭から楽しいシーンが満載で、観客がヒロインの虜になるまでに5分もかかりません。でも映画の中身はサプライズの連続なので、これ以上書くのはやめましょう。

綿矢りさの原作自体が、作者と同年代の女性による妄想的ひとり語りで一気に綴られた、勢いと情感に満ちた素晴らしい一遍ですが、そのエッセンスを見事に映画に生かしつつ、映画ならではの設定や工夫も十分に凝らされています。ここまで原作の感触が映画に息づいている例を他にあまり挙げられないくらいで、原作者と監督と主演の組み合わせが絶妙にはまった例だと言えます。

大九監督のキャリアを見てみると、女性映画と関わりが深いのが分かります。高岡早紀が整形手術を繰り返す女性を演じて強烈なインパクトを与えた『モンスター』(13)の記憶も新しいですが、『恋するマドリ』(07)で新垣結衣を、『東京無印女子物語』(12)では谷村美月を起用し、瑞々しい青春映画も多く手がけています。

そして前作の『でーれーガールズ』(15)では優希美青と足立梨花というフレッシュな女優を起用し、女子高校生どうしの友情を丁寧に描きました。『でーれーガールズ』で彼氏を妄想しながらマンガを描いているヒロインは、『勝手にふるえてろ』の主人公に繋がる人物像かもしれません。監督が企画段階からどの程度関与しているのか分かりませんが、『でーれーガールズ』におけるヒロインの気持ちに丁寧に寄り添う姿勢は『勝手にふるえてろ』でも守られていて、監督の仕事の一貫性が伺えます。『勝手にふるえてろ』はその丁寧さの上に狂おしい恋愛テンションを爆発させた大痛快作となり、間違いなく監督の代表作になるはずです。

本作の最大の見どころが主演の松岡茉優さんの存在であることは、いくら強調しても強調し過ぎることはないでしょう。テレビではすでに人気者だと思いますが、映画ではこれからの存在です。『ちはやふる』のライバル役で只者ではない予感はありましたが、映画初主演となる今作で、とてつもなく鮮烈な魅力を発揮しています。

化け物級というか怪物誕生というか(ご本人に怒られそうですが)、松坂大輔が甲子園の決勝でノーヒットノーランを達成してしまうような、何かこうケタ違いの初主演です。例えがめちゃくちゃですが、冷静に考えるのが難しいほど魅力的なので、ご勘弁下さい。大九監督とは過去に短編で組んだ経験があり(14年の『放課後ロスト』中の「倍音」など)、すでに関係が構築されていたことも存分に力が発揮できる一因になったかもしれません。

とにかく、綿矢りさと大九明子と松岡茉優の3名の才能が、とてもよいタイミングで結集したように見えます。綿矢りさが2010年に発表した小説が、10年代にコンスタントにヒロイン映画を作ってきた大九監督の手に任され、テレビや映画助演を経て満を持して映画初主演に臨む松岡茉優が演じるという、これ以上はないタイミングとケミストリーが平成最後(?)にして最強の恋愛映画の傑作を生みだしたのだと思います。これはちょっとした奇跡かもしれません。

以上、日本映画の紹介でした。敬称略で失礼しました。全くタイプが異なるものの、今年の日本映画を代表しうる2作品がコンペでそろい踏みすることにとても興奮しています。内外の観客、審査員、マスコミの方々の反応が本当に楽しみです。

これにてコンペの15本の紹介が済んだことになりますが、今回の中国映画と2本の日本映画も見事に女と男の生きざまを描く作品です。このコンペ作品紹介ブログの1回目に書いた「傾向」は、やはりあるのかもしれません。「個」が立った作品の多い今年のコンペ、一人でも多くの観客の胸に届きますように!

最後にひとつ後悔を書くとすれば、アメリカ大陸の作品を入れられなかったことです。北米と南米の作品がコンペに無いのはとても残念なことで、選定時期の最後はここをどう判断するかで悩み抜きました。しかし、ルクセンブルグやジョージアといった国から素晴らしい作品が入り、ここは地域のバランスを考慮するより作品のクオリティーを優先すべきだという原則に立ち返って、最終的な今回の結果となった次第です。コンペが18本くらいあるのが理想なのですが、まあそれは今後の目標として、今後もクオリティーと各地域の網羅のバランスを追求していきたいと思っています。

次回ブログから「日本映画スプラッシュ」部門紹介します!

《矢田部吉彦》

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