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【MOVIEブログ】2018イスタンブール映画祭日記(上)

長年イスタンブール映画祭に行きたいと思い続けていたもののなかなか叶わず、今年こそタイミングが合いそうだったのでついに決心、初めて出かけることにしました。ということで、日記ブログを書いてみます。

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長年イスタンブール映画祭に行きたいと思い続けていたもののなかなか叶わず、今年こそタイミングが合いそうだったのでついに決心、初めて出かけることにしました。ということで、日記ブログを書いてみます。

<4月6日(金曜日)>
早起きしてパッキング。現在のイスタンブールの気候がいまひとつ分からず、どういう服を持っていいかどうか悩んでしまい、調べてみると13~18度らしい。東京の初春くらいかなと予想して、一応冬のコートと軽装の両方をトランクに詰めて映画祭事務局へ出勤。夕方まで仕事して、18時に職場を出て成田へ。

21時30分のトルコ航空で、フライト時間は約10時間。結構遠いなあ。ヨーロッパの手前なので7時間くらいかと想像していたのが甘かった。あまり眠れない。しょうがないのでトルコ語のあいさつ単語をブツブツと練習してみる。

日本との時差は6時間で、イスタンブール航空着が午前4時半。タクシーに乗ってホテル着いてベッドにもぐりこんで5時。くたびれたけど、初めての土地に到着した興奮でなかなか寝られない。なんといっても、ついに、「飛んでイスターンブールー」なのだ!(「イスタンブール」と聞いたら、40代後半以上の日本人全員が100%条件反射的に口ずさむはず!)

<4月7日(土曜日)>
3時間くらい寝られたのかな。9時に起きて、シャワー浴びて朝食。西洋式のビュッフェ。野菜がたくさんあって嬉しい。部屋に戻って、改めて映画祭の全容を研究する。出発前は時間が無くてあまり調べられなかったのだ。今回の主な目的は、もちろんトルコ映画を始めとした諸作品を見ることと、11日から開催される映画マーケットに参加すること。それにしては計画の立て方が甘いのだけど、前半戦は少しゆっくりと過ごすつもり。

12時近くにホテルを出て、映画祭のIDパスなどを受け取る事務局へ向かうことにする。朝は曇っていた天気が昼には晴れてきて、15度くらいかな。東京の3月上旬くらいだろうか。Tシャツとカーディガンの上に冬ものコートで、ちょうどいい。コート持ってきてよかった。ともかく気候はとても気持ちがいい。

イスタンブールは西の端がヨーロッパ大陸側で、ボスポラス海峡を挟んで東側にアジアが広がっているという、改めて言うまでもなく途方もない大都会で、ホテルがあるのは西の地区。都市の全貌を見ることは到底不可能だろうけれども、少しでも雰囲気が味わえたら幸せだ。

ホテルのすぐ脇にある繁華街の大通りを進んでいくと、右手にモダンなカルチャーセンター(現代美術館を兼ねている?)の建物があり、その4階に映画祭が仮事務局を設置している。事前に世話をしてくれた担当者にご挨拶して、IDパスや映画祭バッグやそのほかもろもろの資料を入手する。さあ、ここでトルコ語でお礼を言うぞと思ったけど、練習したひと言が…出てこない。

トルコ語で「ありがとう」は「テシェッキュル・エデリム」。これは、メジャーな国(めちゃくちゃな言い方だけど)の言語の「ありがとう」としては最難関ではないかな? 「アリガトウ・ゴザイマス」も結構難しいと思うけど、「テシェッキュル・エデリム」がすっと出てくるのは相当時間がかかりそうだ。昨夜のタクシーでもダメだったし、ホテルのチェックイン時にも出てこなかった。どうしても覚えられない!

そのまま目抜き通りをブラブラと歩いて、行き交う大勢の人たちを眺めて楽しみながら、映画祭会場となる映画館へ。近代的なシネコンではなく、町に溶け込んでいる昔ながらの映画館だ。3つスクリーンがあるみたい。映画祭前半はあまりトルコ映画を上映していないようなので、ここは仕事を忘れて(失礼)純粋に映画祭を楽しむことにしてカナダのガイ・マッディン監督新作『The Green Fog』を見る。見逃していた作品がこういうところでキャッチアップできるのは嬉しい。

場内に入ろうとすると、しばし待っていろと言われる。どうやら、一般販売チケットは座席指定であるらしく、僕が映画祭の業界IDパスと引き換えて入手したチケットには座席番号がない。つまり一般観客の入場が一段落したら空いている席に座っていい、というシステムのようだ。これはこれで納得できる。開演時刻の13時半から10分間のCM映像が流れたのち、本編開始直前に入場を許され、無事に席を見つけて一安心。するとすぐに、初めて訪れる映画祭で映画を見る興奮が胸の奥から湧き上がってくる。なんだかこの瞬間のために自分は生きているのだという気にさえなってくる…。

『The Green Fog』は、無数の映画のフッテージをコラージュして1本の仮想映画に仕立てたモダンアート作品で、まさにガイ・マッディンの世界だ。音と視線と落下の運動の映画。刺激の洪水だ。基本的にヒッチコックの『めまい』がモチーフになっているようで(なのでタイトルも「緑の霧」)、サンフランシスコを舞台とした映画がこれでもかと登場する。するといきなり山口百恵と三浦友和のラブシーンが差し込まれ、愕然となる。ああ、『ふりむけば愛』だ。さすがガイ・マッディン。まったく油断がならない。イメージフォーラム・フェスティバルで上映されますように!

山口百恵と三浦友和をイスタンブールで見る、という体験のシュールさにクラクラしながら、これが映画祭だなあとつくづく幸せを噛みしめる。映画館は目抜き通りに面しているのだけど、出口は裏の脇道に通じていて、ここが表とは別世界のような素敵な空間で、素敵なカフェや料理屋が連なっている。

これはしばらく散歩するしかあるまい、ということで、脇道をグルグルと歩いてみる。目抜き通りから離れ過ぎなければ迷うことはないので、超方向音痴の僕でも安心だ。カフェに入ってサンドイッチを食べ(所望していたケバブを頼めなくてちょっとミスしたけど出てきたものは美味しかった)、初のチャイも頂く。やっぱり、トルコに来たからにはあの小さいガラスのコップに入った紅茶を飲まねば。

それからまた小道をクネクネと歩いてみると、その区域には古書店やら中古レコードショップやらギャラリーやら洒落たカフェやらが軒を連ねていて、昔といまのいいところを繋ぎ合わせたような、文化の香りが充満した夢のような場所が広がっていた。ああ、これは素敵だ。イスタンブール滞在半日にして、すでにここに暮らしたい気分になっている…。

目抜き通りは、週末ということもあるのか、ものすごい人出で賑わっている。日本でもおなじみのブランドショップが並び、大変な活気だ。そこからひとつ脇道に入っただけで、オシャレな下町風情を備えた世界が広がる。表参道と裏原宿の関係みたいな? ちょっと違うかもしれないけど、なるほど人々がイスタンブールに惹かれるわけだ。これは興奮しないではいられない。普段から海外に出ても名所旧跡に行くことはあまりないけれど、街を歩くのはやはり楽しいものだな。

2時間ほど歩いて、少し疲れたのでホテルに戻って小休止。そのまま寝てしまった。起きてパソコンを叩いているうちに日が暮れてしまい、まあいいかとそのままパソコンに戻って少し仕事。

21時にホテルを出て、21時半からの上映に向かう。寒い! 昼の散歩時は汗ばむほどだったけど、夜になると10度くらいだ。でも目抜き通りはまだまだたくさんの人で賑わっている。

250名ほどの中規模スクリーンで見たのは、『My Generation』というイギリス映画。昨年のベネチアで上映された作品だ。見逃して悔しい思いをしていた作品なので、ここで取り返せるのが嬉しい。

「スウィンギング・ロンドン」と呼ばれる60年代のロンドンで何が起こったのかを見せていくドキュメンタリーで、案内人はマイケル・ケイン。終戦とともに全てを失った英国において、新しい世代が台頭し、モノクロだった世界がカラーに変わったのが60年代だとケインは語り、ビートルズ、ストーンズ、フーといったロックはもちろん、ビダル・サスーンによる短髪革命やツィッギー旋風をはじめ、モード、ファッション、アート、写真、映画などの分野で起こった出来事が、ポール・マッカトニーやマイアンヌ・フェイスフルやその他錚々たる面々の証言で綴られていく。

上映後のQ&Aで監督が登壇し(僕の隣に座っていた人だったので焦った)、フッテージ映像探しとインタビューと膨大な資料の整理と映像編集とで、本作の製作には6年を費やしたと語る。その苦労が報われた秀作で、時代を画した数々のロック・チューンも嬉しい。こういう作品は、中学や高校に「現代文化史」みたいな授業を設けて、強制的に見せるべきではないかな? 現代ポピュラー文化のあらゆる源泉がここにあるのだから。

ホテルに戻って23時半。猛烈な眠気に襲われてそのまま即ダウン。

<4月8日(日曜日)>
昨夜は早めに就寝したので、5時半に目が覚める。少しボケっとしてからシャワー浴びて朝食を食べ、8時からパソコンに向かう。数日前から取り組んでいる依頼原稿がどうにも上手くまとまらず、何度も書き直してみるものの、どうにも面白くない。しまいには焦って空回り。まずいなあ。

しばらく置くことにして、10時半に外に出てみると、小雨が降っている。そして寒い! 10度そこそこではなかろうか。コートはあるけどセーターは無いし、やはり持参する服を間違えたみたいだ…。しかし天気が悪いということは映画日和でもある! ということで、いそいそと一般上映のチケットを引換カウンターで入手して、劇場へ。

11時から見たのは、知られざる名作を特集する「Hidden Gem(隠れた宝石)」と題された部門に入っている『Private Property』という1960年のアメリカ映画。僕はこの作品のことを全く知らなかったのだけど、インディー製作の本作は公開時に酷評され、キリスト教系団体からクレームが付き、その後製作会社が倒産してフィルムも散逸し幻の映画とされていたが、2015年になってプリントが見つかり、修復されて再公開されたところ好評を博した作品であるそうだ。

ふたりの青年がセクシーな人妻に迫るノワールで、製作コードがまだ有効であった当時としてはなるほど「良識者」がクレームを付ける内容であるかもしれない。けれどもロスの陽光の下で企まれる陰湿な行為が光と影のコントラストとともに浮かび上がる演出はなかなか見応えがある。フランスがヌーヴェル・ヴァーグ全盛に突入しつつある時期に作られたこともあり、刹那的に生きる若者たちの悲劇を扱う内容にその影響も伺え、本作はアメリカ映画の過渡期の1本だったのかもしれない。映画史において貴重な1本であるかもしれず、これは落ち着いたらもっと丁寧に調べてみよう。

13時半から『Songs of Granite』というアイルランドの作品へ。アイルランドの伝承フォークソングを無伴奏で歌う最重要歌手のひとりであったジョー・ヒーニーの人生の断片を描く作品で、少年期、中年期、老年期の3つの時期が美しいモノクロ画面で綴られる。フィクション・パートに時折実際の記録映像も挿入される演出で、これが素晴らしい出来栄えであった。特に少年期から中年期にかけての映像と音楽と歌の美しさは筆舌に尽くしがたく、心の底が震える。「ソングキャッチャー」的な、失われゆく歌を遺す物語でもあり、ブルースやカントリーと共鳴するような、労働者の思いや郷愁の念に溢れるアイルランドのフォークソングは、歌詞は分からずとも感動的で雄弁だ。これは本当に素晴らしい。

イスタンブール映画祭は過去1年くらいの世界の話題作をまんべんなく上映しているようで、その選定はかなりアート映画寄りで魅力的だ。ちゃんとお客さんも入っている。ジェイランやカプランオールやエルデムなどの個性派作家を擁するトルコのアート映画文化がきちんと観客の中にも根付いていることが感じられて、とても刺激になる。

特集もたくさん組まれていて、本年生誕100周年を迎えるイングマール・ベルイマン監督特集もちゃんとある。今年は世界中の映画祭が特集を組むことだろう。僕も年初からベルイマンのDVDを少しずつ見直してひとり追悼映画祭をしているところ。しかし今年はロバート・アルドリッチも、川島雄三も生誕100年で(この3人がタメ年というのは面白い)、ひとり追悼も忙しい!

DVDを持っているけどやはりスクリーンで見られる機会は逃したくないということで、16時から『仮面/ペルソナ』を見る。本編前にベルイマンへの晩年のインタビュー映像も流され、『ペルソナ』があまりにも分析され過ぎてうんざりしているとのコメントが楽しい。

外はまだ小雨模様で、とにかく寒い。薄着を多く持参した自分の判断を呪いながら小走り気味にホテルに戻り、しばしパソコンを叩いて休憩。

21時半に上映に戻り、『Valley of Shadows』というノルウェーの作品へ。非常に美しい映像で語る静かなスリラー。雰囲気があってよいのだけど、前の座席の人の巨大モジャ頭が画面の半分を覆ってしまい、全く集中できなかった。この会場は昔ながらの座席の傾斜が少ないスクリーンなのだ。しかし、昔はこんなこと当たり前だったのに、シネコンの座席に慣れて耐性が弱くなっているなと反省もしきり。

雨は上がったものの、夜になって一段と冷える中をホテルに戻り、0時半就寝

<4月9日(月曜日)>
6時30半起床。朝はパソコン仕事して、11時半に外へ。今日は昨日とうって変わって抜群の好天! 気温も18度くらいには上がっているはず。今日はトルコ映画界のホープ、トルガ・カラチェリク監督とお茶をすべく、ホテルから歩いて5分ほどにあるカフェへ向かう。

トルガ監督とは2年前にカルロヴィヴァリ映画祭で審査員を一緒に務めて親しくなり、以来FBなどで連絡は取っていたものの会うのは2年振りだ。再会を祝して近況を語り合う。

今回のイスタンブール映画祭でもトルコ映画コンペ部門にエントリーされている彼の新作『Butterfly』は、年初のサンダンス映画祭で見事監督賞を受賞している。そして現在トルコで公開となり、なんと観客数が5万人を超えるスマッシュヒットになっているとのこと! なんでも、クチコミが広がり、地方都市の映画館に上映嘆願メールが殺到し、当初は予定になかった土地での公開が次々と実現しているらしい。こんなことは過去に例がないとのことで、これはすごい。

トルガは保守化が進む現在のトルコ情勢にも妥協しない性格の持ち主で、臆せず発言をするために自分はブラックリストに載っていると語る。事実、新作には政府からの助成金が下りなかったそうだ。それがふたを開けてみると大ヒットなのだから、これほどほかの映画監督に勇気を与えることもないだろう。このままトルコを代表する監督に育っていくのではないか? ともかく11日に映画祭で上映があるので、僕はそれを見に行くつもり。

夕方からCMの撮影があるというトルガと別れ、僕は13時半から映画祭の上映へ。見たのはベルイマン特集の1本で『恥』。スクリーンでは初見の『恥』、大画面と大音量で見るとやはり格別だ。ベルイマンが描くディストピア。ふと『さようなら』を思い出し、深田晃司監督と語りたくなる…。

ふらふらと外に出ると、もうあまりに絶好の天気だ。これはもう室内にこもるべきでないと判断し、散歩することにする。まずは腹ごしらえで、簡易スタンドでケバブ・サンドイッチ(ドネル・ケバブ)を頂き、もちろんとても美味しい。

海沿いを目指して南に向かい、商店やカフェや料理屋がひしめく街路を楽しみながらくねくねと歩き、急な坂を下っていく。やがて眼前に海が現れ、その向こうにはイスタンブールのアジア側の巨大な街並みが広がっている。ボスポラス海峡だ! 大きな橋を渡り、壮大な景色を堪能する。圧巻だ。

なんというか、イスタンブールはとてつもない大都会で、人で溢れかえっているのだけど、歩いていてとても気持ちがいい。殺伐としたものがない。人はとても穏やかだし、ジロジロと見られることもないし、落ち着いた気分になれる。あらゆる人種がいるからか、放っておいてもらえる気楽さがある。ヨーロッパとアジアの交差する場所って、こんなに気持ちがいいものなのかとちょっとびっくりするくらいだ。イスタンブール、本気で長期滞在したくなってきた…。

思えば、中学生のときに見た『ミッドナイト・エクスプレス』のあまりの恐ろしさに、一生トルコへは行かないぞと固く誓ったものだったけれど、あれから数10年、人生はなかなか長いものだな。(としみじみしている場合ではなくて、『ミッドナイト・エクスプレス』の時代背景をきちんと確認することもトルコ映画史の理解に必要なはずなのだけど、なにせトラウマ映画なのでいまだに見直すことができない)。

3時間ほどたっぷり歩いて、ホテルに戻って一休み。19時に上映に戻り、『Number One』というフランス映画を見る。イスタンブールでフランス映画を見ることはないじゃないかという気もするけれど、昨年見たくて逃していた作品なので、やはり我慢できない。エマニュエル・ドゥヴォス扮する大企業の役員が、別の巨大企業のCEO候補に立候補しろとフェミニズム団体から勧められて権力闘争に巻き込まれていく物語。

いかに経営者に女性が少ないかという現状を告発する内容に絞ればよかったのだけど、家族の話やら陰謀の話やらで焦点がぼやけてしまい、おまけに固有名詞が多く出てきて誰の話をしているのか分からなくなるし、どうにも残念な出来であった。ドゥヴォス主演作に外れは少ないのだけど、脚本に難がある。残念。

21時半から、クリスチャン・ペツォルト監督新作の『Transit』。先のベルリン映画祭のコンペ作で、見逃していた1本だったこともあり、ここでキャッチアップ。しかし、昼の散歩の疲れが出たのか、映画の内容にさっぱりついて行けない…。ということで、コメントは省略。

ホテルに戻って23時半。実は出発前に飲み会が続いていささかぐったりしていたので、イスタンブール前半は断酒を決めたのだ(昨年訪れたテヘランと異なり、イスタンブールではお酒は普通に飲める)。なので、本日もビールも飲まずに、早々に就寝。

<4月10日(火曜日)>
6時半起床、午前中はパソコンに向かい、10時半に外へ。本日も良い天気で観光日和のようだけど、見たい作品がいくつもあるので11時からの上映に向かう。

見たのは、カナダのパキスタン移民の監督による『Father』という作品で、カナダに移住してからイスラム教に傾倒し、厳しい戒律で家族を縛った父親に対する反発を軸に、監督の思いを綴ったセルフ・ドキュメンタリー。幼少時に親戚から性的虐待を受けた過去を持ち、ゲイをカミングアウトしてからの親との関係を語るなど、赤裸々な内容はヘヴィーである一方、ユーモアを交えた語り口は鮮やかで、ホームビデオや既存の映画のフッテージをふんだんに使って自身の物語を構築する演出がとても上手い。

上映後に監督が登壇し、観客とのQ&Aが始まると、積極的に手が挙がる。監督はカナダにおけるイスラム教徒に対する差別と闘う活動家でもあり、同じくイスラム圏であるトルコの観客と共通言語を持っている。ユニバーサルなテーマを持った個人映画に、観客がとても好意的に反応している様子が伝わってくる。映画祭に足を運ぶ観客はリベラルな考え方の人が多いのだろうけれど、パキスタン出身の監督とトルコの観客がイスラム原理主義を懐疑的に語る場に立ち会えることはこの上なく刺激的で、これぞ映画祭の醍醐味だ。

Q&Aで質問の手が挙がる頻度や、その質問の内容の傾向などで、国民性が見えるときもある。名所旧跡を訪れるよりも映画祭会場に籠ることを選ぶのは、こんな瞬間がたまらないからだとつくづく思う。

外に出て、13時半からの上映を見るべく別会場に向かう。初めての会場なのでグーグル・マップで検索しながらウロウロすると、とても近いところにある現代美術館の地下1階のオーディトリアムだった。いろいろな会場が体験できるのも海外の映画祭に参加する楽しみのひとつで、ここも居心地が良くてうっとりする。

上映されたのはトルコの短編ドキュメンタリーで『Endless Journey』。Duygu Sağıroğluというトルコの映画監督に話を聞く内容で、彼は監督、美術監督、カメラマン、そして映画学校の指導者として50年以上にわたりトルコ映画界を支えている重要な存在だという。僕は浅学にしてその存在を知らなかったのだけれど、エネルギッシュなキャラクターが魅力的である上に、トルコ映画史の一側面が見られてとても面白い。残念だったのは、ご本人も登場した上映後のQ&Aに英語通訳がなかったことで、まあこれはしょうがないかな。

16時からは、趣を変えて『Maria by Callas』というフランス製作のマリア・カラスに関するドキュメンタリー。彼女のキャリアを本人へのインタビューと歌唱映像をつなげて紹介していくもので、プライベート生活を含む重要事項を丁寧に網羅しながら、圧巻のパフォーマンスも存分に見せ、マリア・カラス映画としては決定版と呼べるのではないだろうか? もっとも、彼女を扱った多数の映画を全て見ているわけではないので断言はできないけれど、貴重な作品であることは間違いない。これも義務教育で見せるべき1本だ。

19時から、今回もっとも楽しみにしていた1本、『The Legend of the Ugly King』へ。トルコ映画史で最も重要な存在であると呼んでも過言でないであろう、ユルマズ・ギュネイ監督の生涯を描くドキュメンタリーだ。本日がトルコ・プレミアであるとのことで、会場も上映前から熱気に包まれている。

1982年にカンヌのパルムドールを受賞した『路』は、トルコ映画が世界の舞台に出た嚆矢とされるほど重要な作品であり、実質的監督のユルマズ・ギュネイは当時獄中におり、脚本を助手のシェリフ・ギョレンに委ね、獄中でラッシュを見ながら指示を出して演出し、完成させたという背景は広く知られている。本作はその経緯を詳しく紹介した後に、改めて彼の生い立ちと、スター俳優(石坂健治氏によれば「トルコの高倉健的存在だった」)から社会派監督に転じたキャリアを、遺族や関係者の証言やフッテージ映像を豊富に交えながら丁寧に綴っていく。

ギュネイはクルド人であり、左派の活動家でもあった。数回投獄されており、カンヌ映画祭には脱獄(正確に言うと違うのだけど)の形でフランスに亡命して参加を果たし、そのままフランスに滞在して客死を遂げている。クルド人とトルコ人の融和を願い、革命を目指して最後まで活動をしていたのだ。

そして、まさにクルド人とトルコ人の共存の夢が語られる箇所で、場内から大きな拍手が起こる。ああ、イスタンブールで見るのに本作以上にふさわしい作品があるだろうか? 湧き上がる感動を抑えることが出来ない。

トルコ映画史のみならず、世界映画史にとっても極めて重要な作品だろう。ギュネイ亡き後、しばらく鳴りを潜めたトルコ映画が国際舞台に復活するにはヌリ・ビルゲ・ジェイランの登場を待たねばならないのだけど、それはまた別の話。いまだに多くの人々の尊敬を集めてやまない巨星ギュネイの存在は、現在のトルコ映画の隆盛に確実に繋がっているのだ。

検閲の強化など、きな臭いニュースが伝えられる昨今のトルコ映画界なだけに、果たして本作は公開可能なのだろうかと心配していたら、上映後に登壇した監督が9月の国内公開が決まったと報告してくれた。今後の動きにも注目していきたい。

ああ、本当に今年思い切ってイスタンブール映画祭に来てよかったと、つくづく思う。ギュネイに関する映画をトルコの観客とともに見るなんて、なかなか出来る体験ではなかった。幸運を噛みしめながらホテルに戻り、しばし物思いにふける…。

《矢田部吉彦》

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