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【MOVIEブログ】2019東京国際映画祭コンペ部門作品紹介(1/3)

今年も東京国際映画祭のラインアップが9月26日の会見で発表になりました。僕が担当している部門を中心に、ブログで作品を紹介していきたいと思います。

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『戦場を探す旅』
『戦場を探す旅』 全 4 枚
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今年も東京国際映画祭のラインアップが9月26日の会見で発表になりました。僕が担当している部門を中心に、ブログで作品を紹介していきたいと思います。

それにしても、今年も長かった! 例年、5月のカンヌを終え、6月から作品選定作業は本格化していきますが、7月から9月初旬にかけて2か月半は完全にモグラ生活(地中深く潜って候補作品をひたすら見続ける生活のこと)、9月上~中旬に作品が決定し、招聘状を送ると同時に、極めて重要な業務であるお断り/ごめんなさいメールも出し、映画祭ガイド(印刷物)や公式パンフレット用の作品解説文を書き、9月26日の記者会見の準備をし、さらに9月末に組まれている2週末連続のプレイベントに参加し、そして10月に入ってようやく一息、という感じです(同僚スタッフたちはこれからが大変なので、僕だけ一息ついていてはいけないのですが!)。

いったん内定とした作品が諸般の事情で差し替えとなったり、返事がもらえずにギリギリまで待ったり、今年は例年以上に気の抜けない日々でありました。しかし、どうやら本当に決まったな! ということで、これから作品のアピールに邁進するのみであります。

まずはコンペティション部門の作品紹介から始めます。

世界の秋の新作の中から注目作を選んでいきたいということ、監督の個性が色濃く出ている作品であること、ワールド・プレミア(世界初上映)やアジアン・プレミア(アジア初上映)にこだわっていきたいということ、部門の中でジャンルやスタイルが多岐にわたってほしいということ、などを気にかけながら選定を進めています。

そして国や地域ごとに徐々に絞って(選定に関わる30名ほどのスタッフで作品を見て絞り込んでいく)、最終的に今年は14本のコンペティション部門という結果となりました。そして選定過程で、「アジアの未来」部門や「日本映画スプラッシュ」部門などへの振り分けも平行して検討していきます。

選考対象作品を見続ける中で意識することはたくさんあるのですが、徐々に、表現上にチャレンジがあるか、知的な刺激を与えてくれる主題があるか、さらに(どんなにアートなルックであっても)時間を忘れさせてくれるエンターテイメントたりえているか、という点に集約されていった気がします。

こう書いてしまうとどうにも幼稚で恥ずかしいのですが、記者会見では、「チャレンジング」「インスパイアリング」「エンターテイニング」が3つのキーワードですと話しました。恥ずかしいですね。でも本音です。コンペの14本、すべてこの3要素を備えています。ひとりでも多くの方が、監督の挑戦を受け止め、主題に思考を刺激され、そして楽しんでくれたらと願っています。

では前置きはこのくらいにして、各作品を見ていきますね。

■『戦場を探す旅』(フランス)


まずは西ヨーロッパからで、フランスです。

『戦場を探す旅』、オーレリアン・ヴェルネ=レルミュジオー監督はドキュメンタリー出身で、本作が長編フィクション1作目です。

『戦場を探す旅』『戦場を探す旅』
1860年代のメキシコの山岳地帯が舞台で、フランス軍がメキシコに進軍して戦争をしていた時代。戦争の実態を報道すべくフランス人のカメラマンが戦場に赴くが、険しい自然にさえぎられて戦場にたどり着けない。山で遭難しかけ、そこで地元の男性に出会う…、という物語。

何せ写真が発明されてから間もない時期であり、戦場カメラマンという存在自体が全く新しいわけで、巨大な機材を抱えて山越えを強いられる姿からして見応えがあります。1850年代のクリミア戦争ではじめての戦場写真が撮られたとされているようですが、となると1860年代のメキシコの戦場における撮影は、ほとんど前例のない試みということになります。

しかし主人公はパイオニアたらんと野心に燃えているのかというと、どうやらそういうことでも無さそう。真の動機はどこにあるのか、彼のキャラクター設定も興味深いところです。

荒々しい自然の美しさにまずは目が惹かれますが、戦争報道に対する主人公の内面の揺れは、そのまま現代へと通じる主題となっていくことに気づかされます。ドキュメンタリー出身である監督の問題意識がどのように反映されているのか、ここは来日時のQ&Aが楽しみなところです。

ただ、それほど社会派な面が強く出ているわけではなく、核となるのは友情の物語で、しみじみとした感動に浸らせてくれる間口の広い作品です。

主演のカメラマンを演じるのは、マリック・ジディ。顔を見れば、ああこの人か、と反応するフランス映画ファンは多いと思います。もともとフランソワ・オゾン監督の処女長編『焼け石に水』(’00)の主演のひとりとして日本ではお目見えし、その後出演作を重ね、例えば『クララ・シューマン 愛の協奏曲』(’08)の、ナイーヴなブラームス青年の役は印象的でした。最近だと『ゴーギャン タヒチ、楽園のへの旅』(’17)、あるいは黒沢清監督『ダゲレオタイプの女』(’16)にも出演していますね。温和な表情に渋みが加わったような、いい俳優です。

不思議な友情を育むことになるメキシコ人役のレイナール・ゴメスがとてもいい味を出していて、作品の見どころのひとつになっています。コスタリカ出身の俳優で、演技指導者、舞台演出家、プロデューサーなど様々な顔を持ち、広く南米諸国で活動している存在。マリック・ジディとのコンビの妙にも注目です。

■『動物だけが知っている』(フランス)


次もフランス映画で『動物だけが知っている』。こちらはドミニック・モル監督の新作です。モル監督といえば、何といっても『ハリー、見知らぬ友人』(’00)が一世を風靡したことで知られます。日本でもスマッシュヒットしましたが、フランスでは大ヒット、セザール賞も受賞しています。セルジ・ロペスが一気に国際的な人気俳優に駆け上がった作品でもありましたが、闖入者を巡る怖くて面白い物語がヒットに繋がっていきました。

『動物だけが知っている』も、ともかくストーリーテリングを楽しんでもらいたい作品なので、内容は全く書きたくないのです。僕も予備知識ゼロで見て、うわっ、めちゃくちゃ面白いなこれ! と興奮したので、その興奮を共有したいのです…。

『動物だけが知っている』『動物だけが知っている』
なので、「雪に覆われた山間の村で、一人の女性が行方不明になったというニュースが流れ、そこからさまざまな出来事が連なっていく…」、と書くに留めましょう。スリラーというか、愛憎ドラマというか、いや、ジャンル分けは不要かな。ともかく楽しんで下さい!

主要人物が複数名登場しますが、そのひとりにドゥニ・メノシェ。最近だと『ジュリアン』(’17)のあの強烈に怖い父親の役が記憶に新しいですね。でも一回見たら忘れられない風貌のメノシェは、実は色気や気弱な顔も備えていて、強面な役ばかりでなくメロドラマなどでも魅力を発揮しています。日本公開が控えるフランソワ・オゾン監督の最新作『Grace a Dieu(原題)』(今年のベルリンコンペ審査員賞受賞作)では、聖職者から虐待を受けた過去を持つ男性の一人として繊細な役柄を見事に演じています。さて、『動物だけが知っている』はどの顔を見せているでしょうか?

フランスとイタリアのスター女優、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ、さらにはカンヌ審査員賞受賞『Les Miserables(原題)』やヴェネチア銀獅子賞受賞『J’ accuse(原題)』などの話題作に出演が相次ぐダミアン・ボナール、あるいは新進女優ナディア・テレスツィエンキーヴィッツなど、人気と実力を兼ね備えた役者陣にも大注目であります。

ドミニク・モル監督は寡作で、25年以上のキャリアで本作が6本目の長編作品です。異色スリラー『マンク 破戒僧』(’11)以来5年振りであった前作『News From Planet Mars』(’16)は、子供や部下に振り回される父親を描く爆笑コメディーで、モル健在を強く印象付けました。全くジャンルを変えつつ順調に届けられた新作、円熟の語り口をご堪能下さい!

■『ネヴィア』(イタリア)


次は、お隣イタリアから、『ネヴィア』。タイトルは主人公の名前で、17歳の少女。幼い妹を可愛がって面倒を見ながら、祖母と暮らしている。母はおらず、父は服役中。祖母が家計を支えるが、盗品販売仲介などの裏商売に頼るしかなく、ネヴィアが暮らす環境の悪さは如何ともしがたい。そんな殺伐とした地に、サーカスがやってくる。ネヴィアはその独特の世界に惹かれていく…。

『ネヴィア』『ネヴィア』
舞台となるのはナポリ郊外。低所得者層の人々がひっそりと暮らす地域で、殺風景というか、色が無いというか、得も言われぬさびれ方が映画に独特なトーンをもたらします。マフィアの存在や、貧富の差が激しいこと、一方で風光明媚な観光地の面も持つという複雑さ故なのか、ナポリは近年のイタリア映画の舞台として頻繁に登場し、映画作家を惹き付け続けています。僕が夏に出張したローマでは、片っ端から一緒に試写を見ていた現地の映画機関のイタリア人でさえ「ナポリ多いねえ!」と笑っていたくらい。ちなみに東京のコンペでも、昨年の『堕ちた希望』と一昨年の『ナポリ、輝きの陰で』がナポリでした。

ヌンツィア・デ・ステファノ監督は本作が長編第1作。どん底の生活から這い上がろうとするネヴィアの姿を瑞々しく描く演出は、新人とは思えないほど安定しています。長年マッテオ・ガローネ監督作品の製作に関わっており、映画作りは熟知しているのでしょう。『ネヴィア』のプロデューサーはそのマッテオ・ガローネで、確かにガローネ作品が持つリアリズムを感じることができます(デ・スタファノ監督とガローネは元夫婦で、今は離婚しているようですが、仕事のパートナー関係は続いているみたいです)。

もっとも、デ・ステファノ監督自身がナポリ郊外の町の出身であり、ガローネの影響は限定的かもしれません。出身地は80年代に大地震に見舞われ、デ・ステファノ監督は少女時代の10年間を仮設住宅で暮らし、その経験が本作の脚本執筆の出発点になっているようです。本作は自伝的内容ではありませんが、厳しい状況の中で数々の障害に直面しながら自分の人生を獲得していこうとするヒロインの姿に、監督の想いが投影されていることは間違いないでしょう。

ネヴィア役のヴィルジニア・アピチェラは、まったくの新人女優で本作が映画初出演。のびのびとヒロインを演じて実に魅力的です。監督といかにして出会ったか、Q&Aが楽しみです。

■『列車旅行のすすめ』(スペイン)


もう1本西ヨーロッパから、スペイン映画で『列車旅行のすすめ』。こちらのアリツ・モリノ監督も本作が長編第1作なのですが、完成に6年を費やしています。というのも、同名の原作がスペインでは有名らしいのですが(残念ながら翻訳はなし)、これが複雑極まりない物語で映画化が非常に困難だと目されたからだそうです。原作にほれ込み、粘りに粘って脚本を練り上げた監督の執念が伝わってくる内容です。

『列車旅行のすすめ』『列車旅行のすすめ』
こちらも内容はあまり書きたくないタイプです。冒頭、列車の中で女性客の正面の席に偶然乗り合わせた精神科医の男性が、元患者の話をしてあげましょう、と語り始める。コソボ戦争に従軍し、片腕で帰還したマルティンの物語がフラッシュバックで語られると、そこから別のフラッシュバックに飛び、そこからさらに別の物語へ…。

複雑な入れ子構造というか、マトリョーシカ状態で物語が展開します。短編集のような趣もあれば、全体が濃厚な一本の物語という見方も出来ます。これもまた、ストーリーテリングの妙を楽しんで頂きたいです。

それにしてもスペインからは時おり異様にカロリーの高い作品が出てくることがあり、アレックス・デ・ラ・イグレシア監督の『気狂いピエロの決闘』(’10)などはその典型ですが、アリツ・モリノ監督もその系譜にあると見てもいいかもしれません。

とにかく『列車旅行のすすめ』には「ふつう」な人間がほとんど出てこない。強迫観念、オブセッション、狂気、性的倒錯…。人間のダークサイドの迷宮にさまよいこむような、奇怪な恐ろしさに満ちた濃密な心理ドラマ。いや心理ドラマというくくり方も適切とは言えず、ちょっとジャンル分類が難しい。モリノ監督も「ジャンル分けしたいなら、がんばって」と挑発的なコメントを残しています。

ああ、紹介が難しい。ホラーではないので、ホラー苦手な方が敬遠してしまうと心外。では怖くないかといえば、怖い。いや、怖いというよりは「ブラック」。しかし「ブラック」という表現でまとめるのは安易であり…。なんとかここは見て確認して頂きたい!

登場人物が多いこともあり、役者陣も注目です。主演のルイス・トサールはスペインのゴヤ賞を複数回受賞している同国を代表する実力派俳優のひとりで、本作はまさに怪演。フランスのジルベール・メルキや、ホラー映画で存在感を発揮するハビエル・ボテットなどの個性派(全員個性派ですが)が作品をかき回していきます。

強烈な物語にふさわしいビジュアルを獲得するために、監督は終始スタッフを鼓舞し続けたとのこと。その情熱が存分に映像に結実している本作、どうかどっぷり浸かって下さい。

《矢田部吉彦》

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