第94回の歴史を誇る米アカデミー賞にて史上初の国際長編映画賞、長編ドキュメンタリー賞、長編アニメーション賞3部門同時ノミネートとなった『FLEE フリー』は、1990年代初め、アフガニスタンから亡命した青年の壮絶かつ重大な実話をアニメーションで映画化。アヌシー国際アニメーション映画祭3冠ほか数多くの賞で、アニメーション映画としても、ドキュメンタリー映画としても高く評価された。『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督も2021年に観た映画の中で「最も感動した作品」と評した1作だ。
また、アニメーション映画として初めてアカデミー賞外国語映画賞(当時)にノミネートされた『戦場でワルツを』(08)のアリ・フォルマン監督の最新作『アンネ・フランクと旅する日記』も、想像力たっぷりな世界観で現代と地続きの迫害を映し出している。実写で描くにはあまりに過酷で凄惨な現実を、物語として際立たせることができるのがアニメーションの力。多様な表現で、無限の可能性を持ってリアルを描く、最新映画から近年の作品までピックアップした。
『FLEE フリー』6月10日より劇場公開
旧ソ連の侵攻・撤退後、タリバンたちが横行するアフガニスタンから亡命した、ゲイの青年の実話を描いた本作。主人公にはアミンという“仮名”がつけられ、彼が初めて打ち明けた命からがらの脱出体験が、彼自身や家族、同性のパートナーらに危害が及ばぬようにアニメーションによって再現されている。
アミンの実話に共鳴した製作総指揮には、『サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ』でムスリムとして初めてアカデミー賞主演男優賞の候補となり、本年度は主演&共同脚本の短編映画『The Long Goodbye』(原題)でオスカー像を手にしたパキスタン系イギリス人のリズ・アーメッドと、「ゲーム・オブ・スローンズ」で知られるデンマーク出身の俳優ニコライ・コスター=ワルドーというビッグスターが名を連ねている。英語吹替版ではリズがアミンの声、ニコライがインタビュアーである監督の声を担当した。
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アフガンでのアミンの最も古い記憶は、当時世界中で聴かれていた「a-ha」の「Take On Me」(85)とともに、姉の服を着て軽やかにカブールの町を駆け抜けているもので、その姿は自由に満ちている。やがて一家は、先に収監されていた父親の行方も分からぬまま、命がけで祖国を脱出する。共産体制が崩れた後のモスクワで移民手続きを途方もなく待ち続ける間、少しでも自由を感じようとすると警察官に尋問される。秘かに国境を越えようとしても、悪質極まりない密入国業者によってバルト海を渡ることも難しく、家族は離ればなれになってしまう。
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劇中にも登場する監督のヨナス・ポヘール・ラスムセンは、実際のアミンがデンマークに亡命した頃からの親友で、この映画は心から信頼を寄せていないと語れない、貴重で勇気ある対話から生まれたものだ。「アニメーションのおかげで、アミンは自分の話をすることに抵抗がなくなった」と監督は言う。しかし、抑え込んでいた記憶を探り、トラウマ的な状況が蘇るほど、画風は抽象的なものとなっていく。人物に顔のない墨絵のようなタッチの粗い表現は、10代初めのアミンが感じた恐怖そのものだ。
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それでも自分自身の未来のために、難民として、アフガンでは“存在しない者”として扱われる同性愛者として、アミンは実体験を語ることで過去と向き合おうとしていく。アミンの声で語られる真実とメッセージは説得力をもたらし、時折挟み込まれる当時のニュース映像がそれを裏付ける。また、ノルウェー出身で一世を風靡したシンセポップバンド「a-ha」や、スウェーデン出身の「Roxette」「Ace Of Base」のポップヒットソングが当時の空気を思い起こさせ、同じ音楽を聴いて育った監督とアミンの親和を象徴する。
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目に見える破壊行為だけでなく、人々の関わりや記憶、尊厳をも破壊する戦争や迫害。自由と安全を感じられる居場所があること、それは何者にも脅かされてはならないことを本作がアニメーションで伝えてくれる。
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『アンネ・フランクと旅する日記』順次公開中
『FLEE フリー』のアートディレクター、ジェス・ニコルズも大きな影響を受けたというアリ・フォルマン監督の『戦場でワルツを』は、監督自らが従軍した1982年のイスラエル軍レバノン侵攻での壮絶な体験をリアリズム溢れるアニメーションで映画化。そして今作では、ナチスから身を潜めていたアンネ・フランクが日記の中で語りかけていた“空想の友達”キティーが、現代のアムステルダムに飛び出し、2人の姿を通じていま世界で何が起きているかを訴えかけていく。
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現代のアムステルダムがモノクロームの色調で、過去のアンネの空想の世界はビビッドで色彩豊か。さらに、アフリカからの難民アヴァの体験は『戦場でワルツを』を思い起こさせる筆致で、アニメーションだからこそ自在に時空を超える。そして日記には書かれていない、アンネのその先の運命についても語り継いでいる。
『生きのびるために』Netflixにて配信中
アンジェリーナ・ジョリーが製作総指揮として参加し、デボラ・エリス著の同名児童文学を、アイルライドのアニメーション・スタジオ「カートゥーン・サルーン」の設立メンバーのひとり、女性監督ノラ・トゥーミーが映画化。舞台は、『FLEE フリー』の主人公の脱出から約10年後のアフガニスタン、内戦を経て政権を握ったタリバンによって、女性たちの言動があらゆる面で厳しく制限されていた。11歳のパヴァーナは露店商の仕事の合間に、教師だった父からアフガンの歴史を語り聞くのが楽しみだったが、あるとき父が投獄されてしまう。パヴァーナは一家の稼ぎ手(ブレッドウィナー)として、髪を短く切り、男装して町に出る。
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「男の子なら、どこにでも行ける」と束の間の自由を噛みしめながら父の行方を捜す彼女は、もしも誰かに気づかれたら、“女の子”ゆえに、すぐに射殺されてしまっただろう。そんな不条理に抗うように、パヴァーナは勇敢な主人公の物語を創作する。幻想的な切り絵で表現されたその寓話は、物語として力強い。
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『ウルフウォーカー』AppleTV+にて配信中
「カートゥーン・サルーン」による『ブレンダンとケルズの秘密』、『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』に続くケルト三部作の3作目。中世からアイルランド・キルケニーで密かに伝えられてきた、眠ると魂が抜け出しオオカミになる“ウルフウォーカー”の伝説を、手描きアニメーションの良さを残しながら豊かな奥行きと躍動感で表現した。
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イングランドからやってきたハンターを父に持つ少女・ロビンは深い森の中で“ウルフウォーカー”のメーヴと出会い、友だちになる。魔法の力で傷を癒すヒーラーである“ウルフウォーカー”は、オオカミとともに塀に閉ざされた町の人々から恐れられていた。ハンターに象徴される侵略者や破壊者はいま現在も至るところにはびこり、女性が自己実現していくことの困難が今作でも語られる。高畑勲監督『かぐや姫の物語』の影響も感じさせ、神秘的で未知なるものへの畏怖を物語として継承する点で日本とアイルランドはとてもよく似ている。
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『エセルとアーネスト ふたりの物語』Amazon Prime Videoにて配信中
「スノーマン」「風が吹くとき」で知られる絵本作家レイモンド・ブリッグズが両親の人生を綴った原作をアニメーション化。ブリッグズ特有のスケッチ風の線を再現するため、“TVペイント”で新たなブラシを開発、紙に鉛筆で描くのと変わらない絵をデジタルで実現させた。
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描かれるのは、牛乳配達のアーネストとメイドのエセルの1928年の出会いから結婚、息子レイモンドの誕生と成長、巣立ち、この世とのお別れまで。特に、ヒトラー政権発足から第二次世界大戦の開戦、ロンドン大空襲などの様子は、戦争が平穏な日常をいかに浸食していくかを克明に描いており、同じ時代の日本を描いた片渕須直監督『この世界の片隅に』を彷彿とさせる。また、年を重ねるごとに支持政党が逆転したり、以前と真逆のことを言い出す夫婦のやりとり、やがて老いていく姿などに両親を重ねる人も多いかもしれない。
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『トゥルーノース』Netflixにて配信中
在日韓国人4世の清水ハン栄治監督が、北朝鮮の強制収容所の実態を、収容体験を持つ脱北者や元看守らにインタビューを行い、10年の歳月をかけて作り上げた3Dアニメーション映画。近いけれど遠い国・北朝鮮では現地でのドキュメンタリー撮影など到底不可能であり、より幅広い層にリアルを届けるための手法としてアニメーションが最適解であることを教えてくれる。
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1995年北朝鮮・平壌、両親と幸せに暮らしていた主人公ヨハンは、ある日突然、父が政治犯の疑いで逮捕され、母と妹のミヒとともに強制収容所に送られる。重労働に寒さと飢え、拷問、性的暴行などの恐怖に怯えながら生きる日々。やがて、人間としての尊厳をかろうじてつなぎ止めていた者たちが脱走を決意する。
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清水監督によれば、タイトルには2つの意味があるという。「ひとつは英語の慣用句で“絶対的な羅針盤”の意。人間として進むべき方向や生きる真の目的を、究極の環境でも見失わない主人公たちの葛藤」であり、「ふたつめに“ニュースでは報道されない北朝鮮の現実”。それは今日でも12万人以上が収容されている政治犯強制収容所での人権蹂躙と、抑圧の中でも健気に生きる北朝鮮の人々のヒューマニティーを表現したかった」と監督は明かす。
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人間として当たり前の権利が軽視され、尊重されないという、これ以上ない痛みは、時間や国境、ジェンダーなどあらゆるボーダーを容易に越えさせるのだ。