フレッシュな主演2人の演技力が光る
数ある中国青春映画の中でも、『あなここ』で特筆すべきは、主役の俳優2人が圧倒的にうまいこと。
チンヤン役のチュー・チューシアオは2019年の大ヒット作『流転の地球』で主演を務めて注目を集め、日本の中国ドラマファンの間では「晩媚と影」や「如懿伝」などで知られる。本作では、恋する喜びと、社会の厳しさに追い詰められていく苦しみを繊細に表現。若手ながら、どんな役にも染まる演技力が武器だ。『イロイロ ぬくもりの記憶』『熱帯雨』で知られるシンガポールのアンソニー・チェン監督の新作『燃冬』(原題)や、アンディ・ラウ主演、オキサイド・パン監督のアクション映画 『危機航線』(原題)などが待機しており、今後の活躍が嘱望されている。また、セリフ回しの巧さや声の良さにも定評があり、日本語吹き替えを古川雄輝が務めるのは、“日中イケボ俳優競演”のナイスキャスティング。ぜひ字幕・吹き替え両バージョンで楽しんでほしい。

イーヤオ役のチャン・ジンイーもまた、本作がデビュー作とは思えない堂々としたヒロインぶりで魅了する。そのフォトジェニックな容貌と憑依型の演技力は、『始皇帝暗殺』(98)や『ふたりの人魚』(00)などキャリア初期の作品でジョウ・シュンを見た時の衝撃を思い出す…と思ったら、彼女とチェン・クンが設立したプロダクションに所属するジョウ・シュンの秘蔵っ子であった。注目しておいて絶対損はない。

監督もフレッシュだ。北京電影学院大学院出身の沙漠(シャー・モー)監督は、本作が長編デビュー作。ネットドラマ「你好,旧時光」(原題)を演出するなど、業界ではその才能が早くから注目されていた期待の若手で、中国で昨年配信された若手監督たちに短編映画の制作と上映の機会を与えるリアリティショー「開拍吧」(原題)でも高評価を得て知名度を上げた。
中国映画市場は若手監督がヒットを連発
日本で名が知られている中国の映画監督というと、チャン・イーモウやチェン・カイコーなどいわゆる第5世代が中心だが、近年の中国市場のヒットランキングは若い監督たちが上位を席巻している。
たとえば社会現象となった大ヒット作 『薬の神のじゃない!』(18)でデビューした文牧野(ウェン・ムーイェ)は85年生まれ。今年の春節シーズンに公開された新作『素晴らしき眺め』(Netflix配信中)もヒットした。日本未公開だが、昨年の春節にヒットした『送你一朶小紅花』(原題)の韓延(ハン・イェン)も83年生まれで、ホームドラマに長けた注目の監督。現在、中国では彼の最新作『人生大事』(原題)が公開中で、話題になっている。

映画祭等でしかお目にかかる機会はなかなかないが、アート系作品を撮る若手となると、もっと大勢いる。日本でも『白鶴に乗って』(12)や『僕たちの家(うち)に帰ろう』(14)など、早くから作品が紹介されている李睿珺(リー・ルイジュン)は83年生まれ。今月、中国で封切られた最新作『隠入塵煙』(原題)も今年のベルリン国際映画祭でコンペティション部門に出品されるなど、国際映画祭ではずっと注目の存在だ。
表現に対する規制強化ばかり報じられがちな中国の映画界だが、規制の隙を縫って独自のクリエイティビティを模索する若い才能の作品が見られる機会が増えることを期待したい。