川口春奈が主演を務める『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』は、21歳でステージIVの大腸がんを宣告され、24歳の若さで旅立った遠藤和さんの同名著書を映画化。『溺れるナイフ』などで知られる山戸結希監督が、和を取り巻く人々とその日々を繊細な映像美で映し出し、深い余韻を残す。
10月2日の公開を前に、シネマカフェでは特別試写会を実施、鑑賞後の満足度は94%を超えた。何がそこまで観客を惹きつけたのか、試写会に寄せられた感激の声とともに、その魅力を紐解きたい。
「とにかく愛の深い作品」「大切な感情をもたらしてくれる」…“泣ける人生の1本になった”の声多数

『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』は、青森で暮らす遠藤和(川口)が主人公。彼氏の将一(高杉真宙)と幸せな日々を送っていた和だが、ある日デート中に倒れ病院に担ぎ込まれる。そこで突然、ステージⅣの大腸がんという宣告を突き付けられるのだ。和と将一は生涯を共にすることを誓い、やがて和は「私たちの子供に会いたい」という願いを抱き子を設ける覚悟を決める。しかし、それは自身の命をつなぐ抗がん剤治療を止めるという、あまりにも重い選択を伴うものだった。
2018年、「1億人の大質問!?笑ってコラえて!」(日本テレビ系)の「結婚式の旅」コーナーで、遠藤さん夫婦が密着された映像が放送され、「涙が止まらない実話」として日本中の共感を呼んだ。そして、和さんが闘病と育児の日々をつづったベストセラー「ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記」が、このたび映画化された。
映画の冒頭から、和が体に少しずつ違和感を覚える。がんのことを知り、その先に待ち受けるものを想像し絶望と恐怖を覚える和だが、とにかく気丈にふるまおうとする。とりわけ印象的な場面は、病院のロビーで和が将一にがんを打ち明けるシーンだ。将一に病名を伝え、「別れたほうがいいのかもしれない」とこともなげに去る和だったが、感情があふれ出し階段の踊り場で号泣。その不安な気持ちを瞬時に察した将一がすぐ駆け付け、「俺が幸せな気持ちと楽しい気持ちでいっぱいにするから、大丈夫」と強く抱きしめる。大切な人を悲しませたくない、迷惑をかけたくないと思う和と、何があっても彼女を支えたいと願う将一。
互いをまっすぐに思い合う二人の全身全霊の愛が伝わり、少しでも長く一緒にいられるようにと、観る側も祈るような気持ちになり涙なしには観られない。

その後、二人は夫婦となり、無事に生まれた娘と生活を送ることになる。その傍らで病は無情にも進行していくわけで、和は苦しみを抱えながら日々を過ごす。しかし、その表情には、ときに穏やかさもたたえられている。将一や娘を見つめる視線、家族とのどうということもない会話、ささやかな日常の幸せに目を向ける和のたたずまいから、生きることの尊さも思わされる。
8月7日には、本作の特別試写会を実施。シネマカフェ読者のアンケートでは、「とても満足した」、「満足した」が94%を占め、高い満足度をマークした。「感動した」というコメントが多く集まる中、「泣ける人生の1本になった」という回答が全体の94.4%という結果にもなった。
寄せられたコメントでは、「実際にあったお話として知ってはいましたが、とにかく愛の深い作品でした。家族愛、恋人愛、友人愛。事実は悲しいけれど前を向ける作品だったと思います」、「大切な人との人生の選択を考えている人に、今、目の前の命に向き合い、未来につなぐことの尊さを感じる大切な感情をもたらしてくれる一作になります」と、作品のベースにある愛を受け取りながら、今の自分を見つめて日々を大切にしていきたいという感想が多く見られた。
また、「持病を持っている私自身、これからのことを考えるとマイナス面ばかり見えてしまうけど、今をどう生きるか、生きる時間はみんな一緒なので今を全力で楽しく生きていきたいと思います。原作(和さんのエピソード)を知っているからこそ見えたこと、考えたことがありました」と、和の生き方やその姿勢に寄り添う共感の声も上がっていた。
全身全霊で役に向き合った、役者陣の熱演

本作で7年ぶりとなる映画主演を務めたのは、川口春奈。川口といえば、連続テレビ小説「ちむどんどん」やドラマ「9ボーダー」で見せた、ちゃきちゃきとしたしっかり者から、「silent」での、抑えた感情の奥に喜怒哀楽をにじませる役柄まで、巧みに演じ分ける俳優だ。演じる和について、川口は「TVでこの話を知り、和さんから勇気をもらった一ファンでした」とコメントしており、役を引き受けるにあたり覚悟を決めたという。
がんにむしばまれていく和の生きざまをリアルに表現するため、川口の提案で本作は順撮りで行われた。和になるためすべてを捧げる覚悟で臨んだ川口の演技は、忘れがたい印象を残す。
試写会アンケートの結果、「最も印象に残った出演者」は、川口が41.7%でトップとなった。その演技について、「ずっと書き続けた日記、笑ってるシーンと、泣いてるシーン、川口さんにしかできない雰囲気があって、一生忘れない心に残る作品に出会えました」、「闘病生活で弱っていく姿だけでなく、周りの人に懸命に微笑む一人の女性、母として生き抜く姿を渾身の思いで伝えてくださっていました」、「セリフ、表情の表現が細かく映っていました。感動しました」と絶賛の声がやまなかった。

川口とともに本作の伴走者となったのは、高杉真宙。高杉は、和の生涯のパートナーとなる将一を演じた。和を献身的に支え愛し続け、ときに折れそうになる心を奮い立たせ、和の隣で常に微笑みをたやさない高杉の演技に、誰もが心を動かされるはずだ。撮影の日々について、高杉は「全身全霊で挑む川口さんの熱意、優しさ、周りへの気遣いを隣で見ながら、僕も和さんにとっての将一さんのようになれるよう、寄り添い支える立場として同じ時間を過ごしました」と振り返った。和が川口で、将一が高杉でないと成立しなかったと感じるシーンは、前述の病院のロビーにはじまり、ほんわかとしたデートシーン、病床の和を支えるシーンなど挙げればキリがない。彼らの織りなす演技のアンサンブルが、物語に確かな説得力を与えている。
そして、和が入院中に心を通わせることになる友達、飯島ひかりを演じたのが森田望智だ。がん患者のひかりだが、せっせと自作の編み物をネットで販売したり、派手な衣服を身に着けたり、患者の集いにも明るく顔を出したりと、およそ病を抱えていることを感じさせないほど奔放な姿を見せ、和に大きな影響を与える。その裏では、決して和に心配や不安を感じさせぬよう、自身の弱っている姿を見せまいとする姿があった。抜け落ちてしまった髪、思うように動かなくなる体…ひかりの口調が明るく、表情が軽くなるほど、一人でいるときにその影が濃くなる。病に屈することなく自由に生きようとふるまうひかりの姿もまた、我々の心に訴えかけてくる。

実は、「最も印象に残った出演者」アンケートで同率2位の結果となったのが高杉&森田だった。高杉には「高杉真宙さんの演技は今までも沢山拝見してきましたが、高杉さんにしか出せない表情の変化がすごく感じられました。辛いシーンも多かったと思いますが、幸せなんだなと感じられる場面も表現されていて、とてもよかったです」、「今まで見たことのないお芝居でとても素晴らしかったです」、「心情の変化の表現がよかったです」とうつりゆく感情を表情で細やかに訴える芝居に注目が集まっていた。
一方、森田へのコメントでは、「ここ数年の森田さん出演作はすべて観ているのに、顔のアップカットになるまで気づかないくらい、いつもと体の使い方から違って驚かされました」、「明るく、でも弱さと不安を抱えて生きている姿が素晴らしかったです」、「弱さと強さの儚さの表現がすてきでした」と、ひかりそのものとして存在する森田の芝居を称える声が寄せられた。
もう一人。和の本音を誰よりも理解し、幸せを願う母・美智子を演じた小林聡美の静かで大きな愛を感じる演技にも称賛を送りたい。優しい父と二人の妹たちが和に健気に接する中、母の美智子はいつも通りふるまう。我が子が自分より先にいなくなるかもしれない、その現実に居ても立ってもいられないはずなのに、美智子は自分の感情よりも和の気持ちを優先するのだ。慈しみの表情で和に接する小林の芝居こそ、作品を下支えした。
幻想的な映像美&リアルな演出が観客の心を揺さぶる
本作を演出した山戸結希監督といえば、繊細な感情表現と圧倒的な映像美で知られる。『溺れるナイフ』では小松菜奈×菅田将暉演じる夏芽とコウの激しい恋をみずみずしくすくい上げ、『ホットギミック ガールミーツボーイ』では堀未央奈演じるヒロイン・初の思春期ならではの危うさを秘めた感情を、透明感とノスタルジーが入り交じる映像で映し出した。

実話の映画化は初となる山戸監督は、脚本制作に参加することから始めた。「がんにより命が失われるという最大の喪失がありながらも、なによりも尊い贈り物を遺された和さんの美しい人生を、スクリーンに灼き付け、かけがえのない贈り物としたい」とコメントした山戸監督は、持ち味である幻想的な映像美を随所にのぞかせながら、本作ではこれまで以上にリアルに重きを置いた演出が光った。
試写会のアンケート結果でも、印象に残った要素として、キャストの演技の次点で「映像の美しさ」が挙げられていた。「ビデオをまわしているようなカメラワークが、さらにドキュメントっぽさを感じ感動しました」、「カメラを置く位置が常に完璧で、映画好きに観てもらいたい」というコメントも集まっている。そうしたリアリティーを生み出している一つが、長回しの技法だ。日常の機微から激しい慟哭まで、山戸監督は丹念に撮り上げている。
印象的だったのは、さまざまな場面で川口や高杉の表情を真正面から捉えるのではなく、表情がはっきりとわからないような画角にカメラを配置し、観客に想像する余地を残したことだ。我々は常日頃から、大切な人の表情をいつも真正面から見ているわけではない。見えない表情を声や仕草、沈黙から想像することもある。そんな日常の感覚が映像へと置き換えられ、観客に感情を想像する余白を与えている。
本作の感想において「泣ける」という言葉が、アンケートからも数多く見られた。その涙とは、感動をことさらに煽る演出によって導かれるものではない。山戸監督が紡いだ映像と、川口をはじめとする俳優陣が役に噓なく向き合った先にある感情が観客へ届き、気づけば自然と頰を伝っている――そんな涙なのである。「一分、一秒、あなたといたい」というコピーは、鑑賞後、何度も胸の内で反芻する。劇場で、遠藤和さんの生きた証を見届けてほしい。
『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』公式サイト©遠藤和/小学館 ©2026「ママがもうこの世界にいなくても」製作委員会

