渡辺ゆきライター
テレビ番組の記者を経て、フリーライターとして独立。三度の飯よりテレビ好き。毎クール全ての作品に目を通している【ドラマニア】として記事執筆を手がける一方、早稲田大学で学んだ“恋愛学”を基に、独自の観点から恋愛コラムを連載。
すべての世代の女性必見!
もう一人の主人公・妻タヤの魅力。
映画『アメリカン・スナイパー』は、過酷なイラク戦争を舞台にした人間ドラマであり、究極の夫婦愛を描いたドラマだ。そして、登場する主人公の妻タヤ・カイルほど魅力的な女性はいないだろう。
原作は、米国の“英雄”と讃えられ、イラク側から“悪魔”として恐れられた米軍史上最強のスナイパー=クリス・カイルの自伝「ネイビー・シールズ 最強の狙撃手」。ニューヨーク・タイムズ紙13週連続でベストセラーを独走した著書では、夫クリスを支え続けたタヤの姿はほとんど出てこない。数々の傑作を生み出してきたクリント・イースウッド監督は、彼女の存在にも焦点を当て、戦争がもたらす傷跡と、ともに困難を克服していく家族の葛藤をしっかり捉えていく。
心優しい性格ゆえ「戦争」というジレンマに侵され、家族の元へ帰っても聞こえ続ける銃声に悩まされるクリス・カイル。私たちには到底計り知れない数の死を目の当たりにし、口に出さずとも「生きること」への恐怖を背負っていることは間違いない。だからこそタヤは、遠征を重ねる度、戦地への執着を強めていく彼に対し、“夫”であり“父親”であるという当たり前の存在意義を問いかける。
もしこれを一般的なカップルに当てはめるとするならば、「仕事と私たち家族、どっちが大切なの?」と喧嘩になるところだが、タヤは常に二人の、そして家族の行く先を真摯に見つめているところが素晴らしい。軍人を彼氏にすること、夫に持つこと、子どもの父親として受け入れることは、いずれも彼女自身が決めたこと――。だからこそ、一度決めた道を決して振り返らず、悔やまない。夫の胸の内を静かに汲み取り、無事帰国するその日を、だひたすらに“待ち続けた”のだろう。恋愛において、密な連絡が当たり前になってしまっている今の時代だからこそ、私たちには自分の選択を信じて“待つ”時間が必要なのかもしれない。SNSの既読を気にして小さな喧嘩を繰り返す日々がなんだかバカらしく思えてくる…。
タヤ・カイル夫人を演じた女優シエナ・ミラーはこう語る。「この映画の核にあるのは、ふたりの人物がかかわり合う人間ドラマ。そのひとりは、祖国から遠く離れた場所で想像を絶することをやっている。もうひとりは、家族をまとめようと頑張っている。タヤはクリスの苦しさを理解し、辛抱強く夫を支えようとしている。でも、子供たちが絡んでくるとバランスをとるのがなかなか難しい。内面ではもう崩れ始めているの。そういうふたりを描いているからこそ、魅力的で感動的なストーリーになった」と。
そしてタヤ・カイル夫人はこう締めくくる。「この物語は私たちの愛の物語。クリスと私と子供達の。そして神、そして我が国の。軍務についた兄弟の物語であり、男の物語、女の物語でもあります。この映画は、赤と白と青(軍服)色の服を過去に着ていたアメリカの家族、軍人すべての物語」と。タヤの背中は、私たちに本来の“在るべき姿”をきっと教えてくれることだろう。
現在パートナーがいる人もいない人も、是非大切な誰かと観に行って欲しい。すべての世代の女性必見の一作だ。