ペ・ドゥナ『空気人形』インタビュー 誰もが持つ“空っぽ”な感覚とそれを満たすもの
“代用品”であるはずの空気人形が心を持ってしまう、という発想もすごいが、さらにすごいことに、映画が進むにつれ、その空気人形に共感し、思わず感情移入してしまいそうになる。自分が空っぽであることを自覚している空気人形——。演じたペ・ドゥナは言う「この役はこの映画に出てくる全てのキャラクターの典型であり、彼らの思いを代弁している」と。そしてこう付け加える「私自身、この登場人物たちと同じような“虚しさ”、“何かが抜けてしまった空っぽな感覚”を持っています」。だが、そう答える彼女の顔はことのほか明るい。なぜ? その答えは…この映画の中にあった——。
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よちよち歩きをする赤ちゃんの気持ちで演じた“人形”
まずは、彼女が見せる人形の動きについて。ペ・ドゥナは「人形であることにこだわらず演じた」とそのアプローチを明かしてくれた。
「是枝(裕和)監督からも『あまり“人形”に執着せずに、赤ん坊のような気持ちで、少しずつ成長していくところを考えて』と言われまして、その通り、赤ちゃんのよちよち歩きから始めました。初めて歩くときってどんな感じだろう? と考えたとき、まず関節が思い通りには動かないだろうな、と。とはいえ、計算して動いたわけではないので説明するのが難しいんですが…(苦笑)。徐々に、徐々に自然な動きになるようにという意識で演じていました」。
彼女曰く「是枝監督は、このシーンが撮りたくてこの原作(漫画)を映画化した」というのが、ARATAさん扮する純一が空気人形に息を吹き込むシーン。監督は原作を含めこのシーンを“エロティック”と表現したが、ペ・ドゥナもその言葉にうなずきつつ、こう語る。
「実際、原作を読んで監督がおっしゃることはよく分かりました。漫画であり、決して直接的な描写ではないのに非常に官能的なんです。脚本の段階で、素晴らしいシーンになるだろうな、と楽しみでした。ただ、一度撮影に入ってしまえばそんなことよりも…(苦笑)、考えることは『監督の指示に忠実に』ということと『心だけは人形のままで』ということでした」。
むしろ、彼女の心を占めていたのは“官能”とは対極とも言っていい感情だった。
「愛する人の前で空気が抜けていってしまう。実際、撮影しながら人形から空気が抜けていくのが見えるんです。足はフニャフニャでスカートはめくれ上がり惨めな姿になっていきます。それを愛する人の前でさらす、ということで私自身、見ていて涙が流れそうになりました。“官能”なんて考える余裕もなく、ただ『見ないで!』という気持ちです。そこで、純一が息を吹き込んでくれる。その瞬間は言葉で言い表せないほどの喜びで満ちあふれ、全てを得たような気持ちになりました。私がそう感じたからこそ、このシーンは監督が望んだエロティックな仕上がりになったのかも…やっぱり是枝監督は凄い方ですね(笑)」。
「ARATAさんは“お母さん”のような存在」
さらに、このシーンの撮影に際してARATAさんが見せたこんな一面についても明かしてくれた。
「空気が抜けていくとき、私が横で涙を流しているのを見て、彼はそっと人形に近づいて、まくれたスカートを直してくれました。そういった繊細な感覚の持ち主なんです。撮影現場で、私が気を吹き込むような活気あふれる存在だとすると、彼は平穏と安心を与えてくれる“お母さん”のような存在なんです(笑)、不思議ですけどね」。
それではもう一度、冒頭の問いに戻ろう。空気人形が、そして純一が自らを“空っぽ”と評す気持ち、彼女はそれを「私もよく知っている気持ち」と言う。
「私がこの作品の脚本を読んで好きになったのは“共感”することができたから。それは、東京だけでなく、大都市に暮らしていれば誰もが抱く感情であり、一生懸命に働く人ほどそういう虚しさを感じるものなのかもしれません。人間関係の中で、虚無感…どこか“抜けて”しまったような空っぽな感覚にさらされる。私自身も常にそうした感情は抱えています。だからこそ、仕事をすることでそういった部分を満たしていくものだと考えているんです。この映画で人形を演じてよかったな、と思うのは、全ての登場人物を象徴するこの人形が、心を持ち、愛する人に息を吹き込まれた後の生き方にあります。純粋にやりたいことをやって、愛する人を愛せるだけ愛する。彼女がそうすることで、虚しさが満たされたものに変わっていくのを私も感じることができました。もし、自分を空っぽだと感じている人が、この映画を観て何か温かさを感じてくれたならば、私は誇らしく思います」。
穏やかな笑みを湛え、真摯にそう語る彼女の言葉は、確かに“空虚さ”を埋める強いエネルギーにあふれていた。
《photo:Hirarock》
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