渡辺謙インタビュー 「50歳になって、“不確かな状態”にあるって楽しいです」
最近ではあまり使わなくなった表現かもしれないが「苦み走った」という言葉がしっくりくる——。昔の侍という人種は、こんな空気をまとっていたのではないだろうか? そう思わせる佇まいで真っ直ぐにこちらを見据える。齢五十を重ねた演技者・渡辺謙。昨年公開された主演作『沈まぬ太陽』の初日では感極まって男泣きに泣き、かと思えば、しばらく前から放送されている某CMではなぜか他人の“携帯電話”に…。そして、“謎”をもって語られる最新作『インセプション』では、詳細は明かされていないが、どこか“悪”を感じさせる、物語の鍵を握る男を演じている。2003年の『ラストサムライ』以来、数々のハリウッド作品に参加してきた渡辺さんが「原点に返った気がする」と語る本作について、そして自らの演技者としての生き方について語ってくれた。
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“枠”を外して役を作っていく面白さ
他人の潜在意識に侵入しアイディアを奪い取る、という“究極の犯罪”を軸に物語が展開される本作。渡辺さんは、レオナルド・ディカプリオ扮する主人公にE難度の任務を依頼する企業のトップ・サイトーを演じているが、ここで渡辺さんに物語の中身について語ってもらうのはヤボというもの。だが、この「他人の頭の中に入り込む」という物語の核心は、役作りにおいても渡辺さんに相当な影響を与えたようだ。
「サイトーという男のバックグラウンドや行動パターン、思考回路を積み重ねていくという作業が、役作りにおいて当然あります。でも、そこで思ったのが、他人のマインドに入っていくわけで、自分が思っている自分と他人が考える自分は違っていてもおかしくないんですよ。だから、そこに誤差があったり、少しテイストの違う人間になるということもアリなんです。そのあたりは俳優として、完全に一つのキャラクターを作るというよりは、『ここまでやってもいいかな』と少し枠を外し、キャラクターの手足が少し伸びるような自由度を感じて面白かったです」。
ちなみに、サイトーについて先ほど“悪”を感じさせると書いたが、クリストファー・ノーラン監督からは意外な人物のイメージが伝えられたという。
「クリスは『ジェームズ・ボンドみたいにやってくれ』と。実は彼、『007』フリークなんですよ。それで、スーツでキメてパワフルでカリスマティックな感じで…でも、残念ながら『007』のボンドガールとのシーンのような部分は一切なかったけどね(笑)。どのボンドをイメージ? やっぱりショーン・コネリーでしょう。どんな大変な状況でも、決してヒートアップしないイメージですね」。
「ハリウッドで最もイキのいい」俳優陣のいる現場の“空気圧”
共演陣にはレオをはじめ、エレン・ペイジ、ジョゼフ・ゴードン・レヴィット、マリオン・コティヤール、キリアン・マーフィと錚々たる顔ぶれが。彼らとの“対峙”はどのような体験だったのか?
「そりゃすごい刺激を受けましたよ。言ってみればハリウッドで一番イキのいいジェネレーションが集まってるわけですから。現場の“空気圧”が高い! もっと言うと…落ち着かない(笑)」。
笑顔でふり返る渡辺さん。若きライバルたちとの“セッション”を楽しんだ様子がうかがえる。さらに、レオとのこんなエピソードを明かしてくれた。
「『やるな』って思ったのが、あるシーンでヒートしてガーってみんなが話すくだりがあるんだけど、セットに入る10分くらい前にレオが『ちょっと来てくれる?』って言ってみんなを集めてセリフ合わせをした。それは、単にセリフを合わせるためではなく、ヒートさせるための準備運動として彼が率先してやっていたこと。これまで、あっちの俳優がセリフ合わせするのは見たことがなくて、普通は集まってから『じゃあどうしようか?』と、わりと大人っぽく進むんですが、今回のクリスの作品は、本当に役者が闘技場に放り込まれるような感じだったんです。だから、それなりの準備がないと、ギアがローからじゃ間に合わない。そこでレオがみんなを引っ張っていくというのがありました。それで空気圧が高かったんですね」。
ハリウッド作品への出演は本作が7作目。しかも本作ではノーラン監督は脚本執筆の段階から渡辺さんをイメージして書いていたという。渡辺さんも「新しい窓が開いたのかな、という感じはありました」と心中を明かすとおり、着実にかの国での足場を築いているように思える。逆に渡辺さん自身、役へのアプローチや作品に臨む上で自らが変わったと感じるところは?
「僕自身の軸は変わっていないと思います。ただ、俳優というのは“ナマモノ”であり、キャリアを重ね、時間を経る中で、自分が思っている以上にある種の形が確立されがちになる。自分だけでなく、見ている人が『こういう役ならこういう形』というフレームを作ってしまうことも往々にしてあるんです。ハリウッドの作品に臨む中で、そうした枠を作品が勝手に壊していってくれるというのはあると思います。僕が歩くというよりは、ひとつの作品、役をやることで、また原点に戻ってこられるという。そういう意味でシンプルになった気はします」。
“やらないことに対する恐怖”を置き去りにすること
では、今後についてのイメージは? そう尋ねると、かぶりを振って「全くない」と即答。
「目標もターゲットもないし、そんなものを置いても意味がないんです。『沈まぬ太陽』をやっているときは「もうゲップが出そう。今年の後半は、もう映画には参加せずにじっくりとプロモーションをやって公開を待とう」って思ってたらこの話が来た。いつも、いきなり違うところに連れて行かれちゃう(苦笑)。だから逆に、常に出来るだけフラットでいて、話が来たらすぐに荷物を持って動けるようにしていなくちゃいけないし、その方が楽しいんですよ。ふり返ること? それもないですね。まぁ溜息と一緒にね…(笑)。それ自体は決して前へ進む推進力にはならないから」。
そんな自身の生き方を「不確かさ」と表現し、「それを楽しめるかどうかですよね?」と、まるで他人事のように、そして心から楽しそうな笑みを浮かべて語る。
「『硫黄島からの手紙』の後、表現者としての達成感がものすごくあって、1年8か月くらい映画の撮影はやらなかったんです。でも『いいや、それで』とも思ってて。思ってもないこと、感じていないことをやることに意味はないな、と。すごく不確かなんだけど、それは“やらないことの恐怖”をどこかに置き去りにしないといけないことでもある。いま、50歳になってそういう状態にあるって楽しいです。確実なものって決して手に入らない気がするんですよ。だから、手に入らないことをあせらない方が良い、と。不確かなままで…まあ『さまよえ!』とは思いませんが、執念深くやることで見えてくるものもある。だから、結果や確かさを求め過ぎたり、“どこか”にたどり着こうとし過ぎるのはもったいない——そんな風に思ってます」。
特集「新時代の男たち」
http://www.cinemacafe.net/special/inception/
《photo:Toru Hiraiwa》
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