『アーティスト』監督インタビュー 白黒&サイレントだからこそできた美しき物語
「最初に白黒でサイレント映画を撮ると言ったときの周りの反応? 『何を考えてるんだ?』、『頭がおかしくなったのか?』って感じでしたよ」。ミシェル・アザナヴィシウス監督は穏やかな笑みを浮かべながらそうふり返る。街を歩けば大音量の音楽があふれ、映画どころかTVでまでも3Dの映像や数百万分の1秒の瞬間をとらえた色彩豊かな映像が流れる現代において、あえて白黒とサイレントで新作映画を作ろうという発想は周囲にはさぞや酔狂な試みに思えたことだろう。だがそんな不安の声をよそに本作はフランス国内のみならず各国で絶賛を浴び、ついにはアカデミー賞で史上初となるフランス映画の作品賞受賞を含む5部門を制覇した。まさに歴史にその名を刻むこととなった名作はどのように生み出されたのか? 日本での公開を前に来日を果たしたアザナヴィシウス監督に話を聞いた。
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物語の舞台は、サイレント映画からトーキーへ映画産業が大変革を迎えた1920年代後半から30年代のハリウッド。サイレント映画で比類なき人気俳優として活躍しながらもトーキーの台頭で没落していくスター・ジョージと、逆にトーキーの時代の新たなスターとして成功の階段を駆け上がっていく新人女優・ペピーの姿を描く。
10年以上前から本作を構想していたという監督だが、決して奇をてらって白黒のサイレント映画を作ったわけではない。「何よりも重要なのは良いストーリーと魅力的な登場人物でした」という言葉通り、白黒の映像やサイレントありきではなく、これらの要素はジョージとペピーの2人の物語の魅力を最大限に引き出す“道具”として使用されているのだ。監督は、音やセリフが「ない」からこそ生まれ、活かすことのできた新たな発想が重要な役割を果たしたと明かす。
「(セリフによる)会話がないということは、私にとっては“壁紙”のようなもので、それ自体を意識する必要はありませんでした。いかに物語を語るか? という点で通常の映画もサイレントも目指しているものは同じです。白黒の映像だけでそれをどう表現するかとなるとその難しさにばかり目が行きがちですが、白黒の映像だからこそ開放される表現というのもあるんです。実際、通常の映画では使わないような映像も、サイレントだからこそ取り込むことができました。とにかくサイレント映画をたくさん観て、その“ルール”を頭に叩き込み、表現の限界値を知る。その限界値の中でほかの映画にはできないようなことができたと思っています」。
そもそもサイレント映画の脚本というのはどういったものなのか? 監督は俳優たちにどのような演出をしていったのだろう? ここでもやはり、「ない」ということを逆手に取った監督の発想が活かされたようだ。
「脚本にはインタータイトル(挿入字幕/映像の合間に流れる字幕による会話などのセリフ)は書かれていますが、いわゆる俳優が覚えて読むようなセリフは一切書かれてません。役者からするとそういうものがあった方が演技がしやすいと思ったかもしれませんが、僕にとっては俳優がどんなセリフを言っているかというのは重要ではなかったので、あえて読ませるようなことはしませんでした。そういうわけで現場でセリフのやり取りはないわけですが、それよりも彼らをどう配置するか? 彼らをどう動かせば物語がリズムよく回るかということの方が大切です。やはりセリフがないということはネガティブに捉えられがちですが、それによって俳優たちは別の表現を生み出すことができたと思います。いわば現場でのやり取りは、彼らにとってそれが有意義だと理解させる作業でもありました」。
印象的なのが、ジョージの控室を訪れたペピーが彼の上着に袖を通し、自らを抱きしめるシーン。ペピーのジョージに対する憧れや愛情が静かに伝わり胸がキュンとさせられるが、このシーンはどのように生まれたのだろうか?
「あのシーンはフランク・ボーゼイジ監督の『第七天国』('27/第1回アカデミー賞監督賞、主演女優賞など受賞)のヒロインが男性のジャケットを着てみるというシーンにインスパイアされました。ほかにもいくつかの要素が組み合わさっているのですが、自分の手で自分の体を触ってみたり、他人の服に袖を通してみるという、子供がよくするような遊びのような感覚が表れていると思います。ただ、シーンについてどのように発想されたかというのを論理的に説明するのはすごく難しいですね(苦笑)」。
このヒロイン・ペピーを演じたベレニス・ベジョは監督の大ヒット作『OSS 117 私を愛したカフェオーレ』(※第19回東京国際映画祭最高賞受賞作)にも出演している監督のミューズであり、同時にプライベートでのパートナーでもある。そんな彼女に対し監督は称賛を惜しまない。
「近くで見ていたからこそ分かりますが、すごい努力をしてペピーの役を作り上げていきました。アメリカのあの時代の女優のジェスチャーやカメラと女優の関係というものまで会得して、全てを含めてペピーになりきっていたと思います。素晴らしい女優ですが今回、自分にピッタリの役に出会い、その人物造形に成功したことで、これからほかの監督も彼女に役をオファーしやすくなったと思います」。
ちなみに家庭でも2人は映画について話をするのだろうか…?
「もちろんです(笑)。特に今回、彼女はシナリオの段階からどういう作品になるか耳にしていましたから、私と同じくらい作品に近い距離にいて、この作品が出来上がっていく過程にどっぷりと浸かっていました。私と彼女との会話もこの映画に関することが多かったし、シネマテークには一緒に通って古い映画を観ていました。ただ、もちろん映画以外の現実もまた別のところにキッチリと存在するわけで、“監督と女優”という関係性を私生活に持ち込まないようには気を付けていました。現場で指図しリードするのは私ですが、私生活で何かを決めるのはどちらかというと彼女の方ですよ(笑)」。
オスカー受賞に至るまでの数か月におよぶ賞レースの喧騒、受賞後の周囲の熱狂について監督は「嬉しく思っていますよ」と語り、今回の受賞をさらなるチャンスとして捉えているようだ。
「今回の受賞でこの映画がより存在感を高め、より多くの人に知られることになりました。それによってより多くの“自由”を私は手にできたと感じています。幸いなことに映画監督は英語をしゃべれなくてはいけないという問題はありませんから、たくさんの可能性を与えられたと思っています」とハリウッド進出に含みも…。
ちなみに、本作の撮影にあたっては白黒の映像のニュアンスを確認するためカラーバージョンも撮影していたとか。改めてカラーバージョンに興味は? と尋ねると「むしろ白黒のままで3Dにする方が興味があるね」とニヤリ。今後、世界を舞台にどのような新たな作品を生み出していくのか気になるが、まずは『アーティスト』でエスプリの効いた映画讃歌をお楽しみあれ!
© A.M.P.A.S.R
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