『夢売るふたり』阿部サダヲ×西川美和監督 愛すべきダメ男にこめる「愛」
『夢売るふたり』は、とにかく考えたくなる映画だ。火事ですべてを失った小料理屋の夫婦が、もう一度自分たちの店を持ちたいと願い…
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「夢を諦めるところも含めて、好きなんです」(西川監督)
結婚願望の強いOLにスポーツ選手、風俗嬢、シングルマザー、と様々な女性が登場する。彼女たちの王子さまが貫也なわけだが、演じる阿部さん自身は同性として、「貫也はダメな男だなぁ…って思いました」と言う。「途中で自分の夢を諦めちゃってるんです。それで他人の夢、例えばウエイトリフティング選手のひとみちゃんの夢に乗っかっちゃって。それはだめでしょう、男として。そういうところは、自分とはちょっと違うなと思ったんですよね」。
夢を諦めるのは、やはり駄目なことかと尋ねると「諦めなきゃいけないこともあるんでしょうけど。僕もプロ野球の選手になりたかった夢を諦めて、いま俳優やってるんですけどね(笑)」と答える。「ただ僕は、向いていないと気づいて、プロの選手にはなれないなと思ってやめたので。貫也はなんとなくやめてるから。そこはちょっとな、と思う」。
西川監督は「だめなところなのかな…」と考え込みながら、「自分が男だったら、厳しく見ちゃうかもしれませんね。でも、なんとなく、しょうがないのかなとも思っちゃうな」。
貫也という男は面白い。店が焼失し、失意のどん底にいた彼は、成り行きで一夜を共にした店の常連客に里子がいかに立派な妻か、熱心に語る。そして、大金をもらって喜び勇んで帰っていく。無邪気というか、天真爛漫というか。
「走っちゃってるんだもんな…」と阿部さんは笑いながら呟く。「脚本にはなかったんですけど、監督が『松さんを抱きしめて、歌ってくれ』と言ったんですよ。オペラっぽくやってくれって。どんな男だ!?と思いました(笑)」。西川監督はにっこり笑って「そうお願いしました。見て下さいね。オペラ声で歌ってくださってますから」と答える。
そのオペラの直後、物語は一気に加速する。滑稽さをまといながら、人の心の奥底まで深く深く分け入って、そこに隠されているものを白日のもとに曝してしまう。それが西川作品の特色だ。何気ない風で、人が一番触られたくない部分を鋭く突く。貫也のみならず、ラーメン屋店主や風俗嬢のDV夫、探偵など、登場する男たちも、騙す里子も騙される女たちも、誰もが少しずるいし、ばかでもある。
「でも、ばかだけど、そこがいい。だから、夢を諦めるところも含めて、好きなんです。私は貫也っていうキャラクターが好きなんで、ついつい脚本を書いてても、貫也の話ばっかり膨らんでいくんですよね。だから、里子が物語の軸なんだって、振り戻すのにすごく苦労するぐらい。貫也は結婚詐欺をするのに外を歩くので、面白いんですよね」。
貫也は女性から見た、理想の男性像?
外に出て、いろいろな女性と対面しながら、貫也は変化していく。もう一度夫婦で店を始めたいという夢がブレない里子とは差が出てくる。
「結構別人みたいになりますよね。監督からも別人でいいって言われました(笑)」(阿部さん)。西川監督は「貫也のいいところは、生き生きしてるんですよ、いつも」と言う。「もう、目の前にしたものが好きになり、それに心底没頭する」。確かに、どの女性といるときも貫也は楽しそうだ。家で夫を待つ里子が内に暗いものを抱えているのは明白だが、貫也にはどす黒いところはない。それとも見せていないだけ?
「僕は、ない気がしますけどね。初めて会った子供とチャンバラやるっていう男は、どす黒くないでしょう」と阿部さん。西川監督は「ある意味、貫也は理想ですから、女の人から見た」と言う。「本当は男の人だっていろいろあると思いますけど、その暗い面、見たくない面は押さえて、だめだけど、人間の明るい面を寄せ集めた、かわいいキャラクターに書いたつもりです」。
阿部さんは西川監督の男性の描き方について「面白がってるんだろうなって思いますね」と言う。「面白い男が多いなと思って。いろいろタイプが違う人がいっぱい出てきますけど、見方によっては笑えるっていうか、男の滑稽さが出てる。女性にしかできないような描き方だと思います。男が描くと、多分、貫也はもうちょっとかっこつけちゃったりするのかもしれない。もしくは、笑いに逃がしたりとか。西川さんの脚本はそれがないんです」。
話を聞いていて頭に浮かんだのは、物語後半、すれ違い始めた夫婦が口論するシーンだ。里子に言われるまま動いてきた貫也が、彼女をやり込める。相手に逃げ場を与えない追いつめ方は、女性的にも思える。
「そうですね、ああいう言い合いのシーンって、やっぱりね、男の人は描かなそうですよね」と阿部さん。「なるほどね。でも、私の周りの男の人は結構口が立つんだけどな」と言いながら、西川監督は阿部さんに「どうするんだろう、男の人。黙っちゃう?」と質問。阿部さんは「黙っちゃう。『逃げてくでしょう? 出かけちゃうでしょう? 待ちなさいよ』って言われちゃう」と返答。監督は「煮物を容器に詰めて出ちゃう」と劇中の1シーンを引き合いに出して笑う。
「自分じゃ知らない表情が映し出されていた」(阿部さん)
阿部さんは「完成した映画には自分自身じゃ知らない表情が映し出されていました」と言う。「うれしいですよ。引き出してくれた監督に感謝しなきゃいけないですね」。
自分でも未知の領域に連れていってくれる。俳優はそんな期待をもって監督との仕事に臨むのかもしれない。だが、監督本人は「いやいや、全然。そういうことのできるタイプの演出家じゃないです」と謙遜する。「松さんと阿部さんは、現場での有りさまが、私から見れば、すごく近い。2人とも歩調がちょっと似てるんです。だから、とてもバランスのいい現場でした」。
みっちり話し合いを重ねて撮るようなこともない。「あんまり喋らないですよね(笑)。ちょっと解釈がずれてると思えば、言わせてもらうけど、ほとんどもうできてるんですよ。だから、目線の位置を決めるとか、その程度です」。
「リハーサルをやってみて、あ、こいつ分かってないなって思うと来てくれるんです」と言う阿部さんの言葉に困ったような笑顔になる西川監督。「でも、阿部さんも松さんも、私の想定とは違う芝居のときが、いいことが多いんです。まあ、ほとんどずれないんですけど、基本は。でも、あ、元々の狙いよりも2人の出してきてくれたもののほうがいいって思うことがあった。だから、何にも言わないことが多かったですね」。
「何も監督が言わないと、『もう諦められたのかな』って松さんと話してました」(阿部さん)
「(笑)そんなことない。逆にこっちはなんにも言うことがなくて、申し訳ない、不甲斐ないって思うことが多かったですね。『まあ、この程度だな、この演出家も』って思われてるんだろうなって」(西川監督)
お互いにそんなことを思いながらの撮影現場。互いへの愛情と尊敬、畏れと自意識の闘い合いは、『夢売るふたり』の世界観と重なるように思えて、何かストンと腹に落ちた。
Hairmake:Eisuke Arakawa/Stylist:Chiyo
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