本木雅弘インタビュー 『ライフ・オブ・パイ』と見つめた「心の漂流」
傍らに置かれた資料には、様々なフレーズの書き込みが黒く走っている。完成した映画に脚本、さらには原作小説から気に留めた言葉や感じたことが…
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映画のメガホンを握ったのは、アカデミー賞受賞監督のアン・リー。数名の関係者を介して舞い込んできた今回のオファーに対し「出会いってこんなところから飛び出してくるんだ!」と驚きを感じつつ、「何よりファンのひとりとしてアン・リーを、その佇まいを間近で見てみたかった」と引き受けることを決めた理由を明かす。テーマや時代は異なれど、リー監督の作品の根底に横たわる魅力を本木さんは「心の漂流」と表現する。
「確実に観る者の心を役に急接近させてくれて、心情的に人物や物語に入っていけるんですよね。『ブロークバック・マウンテン』も『ラスト、コーション』も自分たちの生活からはかけ離れた物語なのに、『分かるな』と共感させられる部分がある。それでいてどこかで客観的に時代や出来事を覗く、ある種の批判的な視線もある。人生にグッと寄り添う温もりと冷静さを持ち合わせているけど、そのバランス感覚は努力で得たのではなく、資質として持ち合わせているもののように感じます。どんな背景を背負った人物であっても感情の流れに、常に渇望と葛藤、達成しえない切なさを持っていて、それは人生そのものなんです」。
本作で描かれるのは本木さんの言葉通り、内面的な意味を含めた“漂流”であり、タイトルにもある少年・パイの人生そのもの。「観る前に『あぁ、サバイバルものね』と思っていた自分の安い先入観が恥ずかしくなった(苦笑)」と本木さんは告白する。
「リアルな映像に引き込まれて、まさにパイと共に心ごと漂流しながら物語に入り込み、最終的には全く別の真実を突きつけられる。価値観を揺さぶられました。小学生、中学生が冒険物語として楽しむこともできるし、自分のように伸び悩んでいる中年が(苦笑)、人生を叱咤激励するつもりで観てもいい。大きな傷や思い出を持つ人間が次のステージに進もうとするときにも。一見、過酷だけど最後に希望の在り方を――押し付けられるのではなく素直に――学ばせてもらえる作品になっていると思います」。
さらにメモを手繰り寄せ、本作の製作にあたりリー監督が語ったという「(この映画は)物語を伝えることの価値、物語を共有することの意味を描いている」という言葉。そして、原作の中にも登場するという「世界というのはそのままではあり得ない。それをどのように捉えて理解するかということが大事。理解することがその人に何かをもたらす」という言葉を引用して続ける。
「映画を観終わってすぐは『何が真実なのか?』ということを考えたりしたんですが、日が経つにつれて何が真実かは重要ではないんだなと思うようになりました。その人が感じ、体験して得た、幻想も含めた人生がその人の物語になっていくんだなと。まさにパイは過酷な漂流と内面の劇的な変化を獲得して自分のストーリーを持ちえたんですね」。
映画を観たら、誰しもが「もしも自分が同じ状況なら」と考えずにいられない。本木さんは「私は結論を出すのに時間がかかるタイプなので、どうするか迷っている内に喰われるでしょうね。開き直ってからは早いし大胆なんだけど…」と苦笑を浮かべつつ、自身の中に“漂流”への憧憬があることを認める。
「ある意味、自分も社会に流され、迷い、人生を漂流してるって感じですからね。仕事柄という部分もありますが元々、私は自意識過剰だし(笑)、体裁の中を生きてるようなところがある。『この体裁をうまく使いこなせればいいんだろ?』と開き直ったようなネガティブな思いを持ってるけど、そういうことが通用しない場に行ったら、どんな自分が飛び出すのか? 興味はありますね。15歳でこの世界に入って、16歳で歌い始めて、そこから良くも悪くも商品として自分を捉えて生きていくことを覚えたのかな。特にグループだった分だけ、自分の役割をこなしていたところもあるし、いまふとふり返ってみると、本当に裸にされたときにどういう自分が出せるのか? 訓練されてないのかなと思います」。
愛する家族や恋人、かけがえのない存在との別れは、時に何の準備もないまま予期せぬ形で訪れるが、残された人間はそれでも生きていかなくてはならない。本作で描かれるこうした人生の一面の真理はまた、どこかで本木さんが主演を務めた『おくりびと』と通じるところがあるようにも思えるが…。
「残された人間の捉え方という意味ですね。悲しみというのは消えた人間のものでもあるけど、その悲しみを残った人々がどのように受け止めていくかという切なさでもあるわけで。映画の結末にも関わるセリフで『生きるというのは、常に手離していくことだ』と言ってますが、やはりそれが現実なんですかね。でもその別れをどう捉えるかによって生まれてくるものもあると思います」。
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