【シネマモード】amourが見えてくる。『愛、アムール』
愛のカタチは十人十色とも言いますが、ミヒャエル・ハネケ待望の新作『愛、アムール』の愛は強烈でした。優しいながらも、気が付けば胸がじわじわ締め付けられているのです。
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主人公は、パリの高級アパルトマンで優雅な老後をおくる音楽家夫婦・ジョルジュとアンヌ。若き日は情熱的に愛を交わしたかもしれませんが、穏やかに歳を重ねてきたことが見て取れます。一緒に音楽会にでかけると、夫は「今夜の君はきれいだった」と妻に甘い言葉をかける―。そんな暮らしです。ところがある日突然、妻が発病。平和だった生活にさざ波が立ち始めるのです。手術は失敗し、半身マヒとなった妻の望みを受け入れ、夫は決して病院には戻さないと約束。周囲に「それはかなりの苦労が伴う」と意見されても、夫は愛する妻の希望を優先するのです。家で愛する者との生活を続けたい妻、特に気負いもなく愛する者の世話をする夫の姿は美しくはあるのですが、現実はやはり美だけで語ることはできません。経験のない私には想像でしか語ることができませんが、自宅での老々介護の現実は相当に厳しいはず。それは老人が老人を看護するという体力的な問題だけでなく、心の問題も大きいようです。ジョルジュにとっては、長年向き合ってきた最愛の相手が“変化”していくことに耐える過酷な日々の始まりであり、女としてあり続けてきたアンヌにとっては病気の進行に伴って最愛の相手にすべてをさらけ出し続けねばならない屈辱の始まりでもあったのです。
両者にとって新しい生活が並々ならぬ厳しさと隣り合わせであったかは、前にご紹介した「今夜の君はきれいだった」という夫の言葉からも想像できるでしょう。良く言われますが、フランスでは長年連れ添った夫婦であっても、その関係はいつまでも男と女。そんな背景を知れば、愛の強さゆえに彼らが直面した厳しい現状を知る一助にもなるはず。さらに、妻の発病を機に昔話をして聞かせるようになった夫が、こんな話ならいっぱいあるよと伝えると、アンヌは「でも、イメージが壊れるような話は嫌よ」と言うのですが、これもフランスのアムールを感じさせるセリフ。長い年月を一緒に暮らした間柄であっても、夫にも妻にも守るべきイメージがあるのだというのは新鮮でした。それは、相手のためでもあり、自分が男であり女であり続けるための秘訣なのかもしれません。
そんな夫婦に起こった変化をモチーフに鬼才・ハネケは、愛する者の最後を看取るということの切なさを、これまでにない新しい視点から描きだしました。これまで、『ファニーゲーム U.S.A.』『ピアニスト』『隠された記憶』などで、残酷なまでに人間の本質に斬り込んできたハネケ監督は、さまざまな人間感情を描写してきましたが、人生を終える一組の夫婦を通して、究極の感情である“アムール”を見事に映し出したわけです。不快感と紙一重とも言える不条理劇を好んで描いてきた彼ですが、今回は愛する者たちが引き裂かれるという究極かつ誰にでも起こる普遍の不条理をもって、究極の愛を描いたと言うことなのでしょう。刺激を求めているハネケ・ファンは、意外なほど静かに描かれる老夫婦の姿に少しとまどうかもしれません。でも、結論は最後の20分までとっておきましょう。夫婦愛という耳触りのよい表現では描ききれない真の“アムール”を目撃することになり、ハネケが本作で新境地を開いたことが分かるはずですから。
ある愛の行き着く先を体現しているこの夫婦の姿を観ていて、きっと世界中には彼らと同じような愛を生きている、名もなき妻や夫がいるのではないかと思うようになりました。劇中では妻を介護する夫が管理人に「ご夫婦の姿に感動しました。脱帽です」と言われるシーンが出てきます。当事者にとっては当たり前に思えることでも、やはりこれは決して当たり前にできる行為ではないのです。ここに登場する夫は、愛情深く優しいけれど、病状が悪化し言うことを聞かない妻の態度にイラつくこともある普通の男。でも、彼は名もなき英雄であり、彼のような人々はきっとたくさんいるはずなのです。誰にも賞賛されなくとも、ましてや感動などされなくても、同じことをするまで。愛のカタチは人それぞれかもしれませんが、結局のところ、当事者である彼らにとってはどうでもいいはず。シェイクスピアの言葉を借りるなら、「名前に何の意味があるというの? 薔薇はたとえ違う名前で呼ばれようと、その芳しい香りに変わりはないもの」(「ロミオとジュリエット」より)というところ。ジョルジュとアンヌのアムールを知り、究極かつ普遍の愛に触れてみてはいかがですか?
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