年を追うごとに、多様性を目指す進化を続けるアカデミー賞事情についておさらいしてみよう。
対象となる作品は?
長編映画に関しては前年の1月1日から12月31日の間に、ロサンゼルス郡内の商業映画館で1日3回以上の上映回数で少なくとも7日間連続して有料上映された40分以上の35ミリか70ミリ、あるいは指定のデジタル・フォーマットの実写、アニメーション、またはドキュメンタリー作品。並行して配信やVODなどでの上映は可能だが、劇場公開前にテレビ放映やネット配信、ビデオ発売されているものは対象にならない。
今年から作品賞へのエントリーの条件として、アカデミー・インクルージョン・スタンダードの書類(RAISE)提出が義務づけられる。多様な世界を反映するべく、人種や民族、性的マイノリティや身体に障害を持つ人々の雇用を含めた表現とインクルージョンに関する4つの基準(A:画面上の表現、テーマ、物語 B:クリエイティブなリーダーシップと企画チーム C:業界へのアクセスと機会 D:観客の開拓)のうち2つを満たすことが応募資格となっている。
なお、2024年4月に劇場公開作品についてのルールが新たに設置された。コロナ禍で劇場閉鎖が続いた時期に対象とされたドライブイン・シアター上映はパンデミック収束に合わせて対象外となり、その代わりにロサンゼルス郡と合わせてニューヨーク市、ベイエリア(カリフォルニア州サンフランシスコ周辺)、イリノイ州シカゴ、ジョージア州アトランタ、テキサス州ダラス・フォートワースの映画館で1週間以上上映された作品が対象となる。
2024年内の公開初日から45日以内にアメリカの上位50の市場のうち10箇所で連続または非連続で7日間の拡大公開も条件となり、年末公開作品については1月24日までに拡大公開が完了していなければならない。
また、国際長編映画賞に応募する長編アニメーション作品は、両部門の資格要件を満たしていれば、長編アニメ部門についても応募対象となる。今年はラトビアの『Flow』がこの要件を満たし、両部門にノミネートされた。なお国際長編映画の資格期間は2023年11月1日から2024年9月30日となった。
脚本賞部門では、オリジナル作か脚色であるかを検討するために最終的な撮影脚本の提出が必須となった。
作曲賞部門では、全員が制作に完全に貢献したことが証明された場合はグループとしてではなく、最大3人の作曲家がそれぞれオスカー像を受け取る資格を得られることになった。
2023年5月にプロモーション・キャンペーンのルール改正が発表され、アカデミー会員が出席するプライベートなイベントへのスタジオや映画会社の関与、SNSで会員が自身の好みや投票する候補について、戦略、資格要件に言及することも禁止となった。
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誰が決める?
映画芸術科学アカデミー(AMPAS)の会員による無記名投票で決定する。会員は劇場公開される長編映画の製作に携わるプロのアーティストたち。俳優、脚本家など、各分野にわたって19支部に分かれている。ノミネーション投票では、各賞それぞれ該当する部門のプロフェッショナル(俳優部門は俳優、編集部門は編集者)が投票する。製作・監督・俳優などを兼任する場合、1人で複数の支部に入ることはできず、無所属(Members At Large)という扱いになる。作品賞、長編アニメ映画賞は全ての会員に投票権がある。
ノミネーションが決定した後の最終投票では、全部門が全会員の投票対象となる。
第97回アカデミー賞ノミネーションは1月23日(現地時間)に発表、最終投票は2月11日(現地時間)に開始され、2月18日(現地時間)に締め切られる。
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会員はどんな構成?
現在の会員総数は名誉会員を加えて10,894名で、投票資格のある会員は9,945名。
AMPASは2016年、白人男性が圧倒的多数だった会員構成の見直しにとりかかり、女性やアフリカ系などマイノリティの会員数を2020年までに2倍にすると発表。毎年、女性やマイノリティを中心に招待している。
AMPASの公式サイトによると、2024年4月には新たに487名が招待された。うち56パーセントが米国外の56の国と地域から招待され、44パーセントが女性、41パーセントが少数民族/人種のコミュニティに属する。
招待者の中には19人の受賞者を含めて71人のオスカー候補経験者がいる。俳優では第96回で助演女優賞を受賞したダヴァイン・ジョイ・ランドルフ(『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』、同主演女優賞候補のリリー・グラッドストーン(『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』)、同主演女優賞候補のザンドラ・ヒュラー(『落下の解剖学』)、グレタ・リー&ユ・テオ(『パスト ライブス/再会』)、役所広司(『PERFECT DAYS』)らの名前が挙がっている。
日本からは第96回で視覚効果賞を受賞した山崎貴、渋谷紀世子、高橋正紀、野島達司(『ゴジラ-1.0』)がヴィジュアル・エフェクト部門に、プロデューサー部門に『万引き家族』の松崎薫、脚本家部門に『PERFECT DAYS』の高崎卓馬、キャスティング・ディレクター部門に『PERFECT DAYS』の元川益暢、撮影監督部門に『万引き家族』の近藤龍人、『ドライブ・マイ・カー』の四宮秀俊、衣装デザイナー部門に『万引き家族』『首』の黒澤和子、エグゼクティブ部門にフミコ・タカギ、編集部門に『君たちはどう生きるか』の松原理恵、瀬山武司、短編&長編アニメ部門に『グッバイ、ドン・グリーズ!』のいしづかあつこ、『アリスとテレスのまぼろし工場』の岡田麿里、『みじめな奇蹟』の折笠良、『BLAME!』の制作を手掛けたポリゴン・ピクチュアズの代表取締役・塩田周三、『この世界の片隅に』の浦谷千恵、『半島の島』の和田淳、『犬王』の湯浅政明らが招待された。
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発表まで管理するのは?
大手会計事務所のプライスウォーターハウスクーパース(PwC)。最終投票が集計されてから授賞式でプレゼンターが封筒を開けるまで、結果を知っているのは同事務所の担当2人だけ。
2017年には担当者が封筒を渡しまちがえて、作品賞受賞作が『ラ・ラ・ランド』と発表された直後に『ムーンライト』だと訂正される大失態が発生。授賞式のクライマックスで大混乱を引き起こした2人は今後授賞式の任務に関わることはないと発表された。
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司会者は初登場のコナン・オブライエン
新型コロナウイルスによるパンデミックの最中の第93回(2021年)は感染予防対策としてロサンゼルスのユニオン駅を会場としたり、第94回(2022年)は生放送の時間短縮を目的に8部門の授賞を事前収録して映画業界内外から非難されるなど、試行錯誤が続いた。会場は第94回から従来通りのハリウッド&ハイランドセンター内のドルビーシアターとなり、第95回以降は全23部門の授賞が生中継される。
今年の授賞式も去年と同様、午後4時(現地時間)にスタート、レッドカーペット中継も90分を予定している。
司会者は今回が初となるコメディアンのコナン・オブライエン。自身の名を冠したTVトーク番組「Conan」(原題/2010~2021)で知られ、現在はポッドキャスト、旅番組で活躍する人気者だ。
今年は1月8日(現地時間)に投票が始まり、12日が投票の締切予定だったが、南カリフォルニア山火事の発生により締切は17日まで延長された。そのためノミネーション発表も17日の予定から1週間後の23日に変更となった。
山火事の影響は授賞式の演出にも及び、アカデミーはロサンゼルスのコミュニティと映画産業におけるその役割を称えることを選択し、歌曲賞にノミネートされた5曲の音楽は生演奏されず、代わりにソングライターに焦点を当てるという。「楽曲に命を吹き込んだクリエイティブ・チームによる個人的な考察を通じて、彼らの芸術性を讃えます」とアカデミーのビル・クレイマーCEOとジャネット・ヤン会長はコメントしている。
今年の注目ポイント
主演男優賞候補のティモシー・シャラメ(『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』)はジェームズ・ディーン(『エデンの東』1955、『理由なき反抗』1956)以来となる、30歳以前に2度主演男優賞にノミネートされた記録を達成。受賞すれば、29歳3か月での快挙となり、これまでの最年少(29歳11か月)受賞者のエイドリアン・ブロディの記録を更新することになる。
エイドリアン・ブロディは今回『ブルータリスト』主演で前哨戦で圧倒的な強さを見せて本命視されているが、映画俳優組合(SAG)賞をティモシー・シャラメが受賞したことで、受賞の行方に注目が集まっている。
同じく主演男優賞では、昨年に続いてノミネートされたコールマン・ドミンゴ(『シンシン/SING SING』)が受賞すれば、アフロ・ラテン系として初となる。
主演女優賞では、トランスジェンダーの主人公を演じたカルラ・ソフィア・ガスコン(『エミリア・ペレス』)がトランスジェンダーを公表している俳優として初のオスカー候補となった。受賞も有力視されていたが、過去にSNSで差別的な発言を繰り返していたことが発覚、謝罪したうえで最多ノミネーションを受けている主演作への悪影響を避けるため、オスカー・キャンペーン活動から退いたが、授賞式には参加する予定。
同賞で2度目のノミネーションとなったシンシア・エリヴォ(『ウィキッド ふたりの魔女』)は今回受賞すればEGOT(エミー賞、グラミー賞、オスカー、トニー賞全てを受賞した人物)の仲間入りとなる。過去にオードリー・ヘプバーンやエルトン・ジョン、ヴィオラ・デイヴィスら、わずか20数名が達成した栄光をつかめるか期待が寄せられている。
今年も作品賞には『エミリア・ペレス』、『アイム・スティル・ヒア』と非英語作品が2本ノミネートされ、俳優賞にも非英語作品の出演者が候補になるなど、多様性の実践を推進した第97回アカデミー賞。長編ドキュメンタリー賞に『Black Box Diaries』、短編ドキュメンタリー賞に『Instruments of a Beating Heart』、短編アニメ映画賞に『あめだま』、と日本映画3作が候補となった各部門にも注目が集まっている。