子どもの頃からスピルバーグ監督を崇拝してきた映画ファンは少なくない。かくいう筆者もそのひとりである。しかし、今回スピルバーグ監督のコメントを聞いたとき、ン十年にわたる敬意が冷めていくのを感じた。現場で映画を作っているインディーズのフィルムメーカーのひとりとして、スピルバーグのひと言は現実との接点を失い新しい流れを受け入れられなくなった頑固オヤジのように聞こえたからだ。
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スピルバーグは少年時代に8ミリカメラで撮った短編映画がユニバーサルの責任者の目に留まり、20歳という若さでユニバーサル・ピクチャーズのお抱え監督として長期契約をするという、ある意味で神童的存在だった。筆者のような一介のフィルムメーカーのように資金をかき集めて短編映画を製作して数年かかって配給会社のおめがねに叶ってTV放映にこぎつける…、などという道は歩んでいないわけだ。
Netflixの賢さ

スピルバーグのように少年時代に映画スタジオに認められて、セレブ監督の道を歩み始める人はほとんどいない。一介のフィルムメーカーたちは、苦労してお金をかき集めて映画を作り映画祭の応募に大枚をはたく。ほとんどのインディーズ作品は映画館で上映する資金がないから作品は劇場で陽の目を見ることもなく直行でDVD行きになったり、下手をするとYouTubeどまりなどということもしょっちゅうである。
だがNetflixのような配信サービスが出てきて、近年においては作品の水準も劇場用映画も顔負けに上がり、エミー賞はもとよりゴールデン・グローブの映画賞なども受賞するようになった。今年は、Netflixオリジナル作品『ROMA/ローマ』が様々な著名映画賞を受賞。作品賞は逃したもののアカデミー外国語映画賞に輝くなど、配信サービスが後ろ盾になった作品の質は向上の一途である。

映画界最高の栄誉とされるアカデミー賞の候補になるべくNetflixが打ち出した作戦は非常に賢い。アカデミーが掲げるルールのひとつである「ロサンゼルス郡の映画館で連続7日間の興行を行うこと」という箇所にのっとり、アカデミー賞前に劇場公開はするがその日数を必要最小限に抑えているということだ。『ROMA』のときもそうだったがアカデミーの規則に則り、ロサンゼルスでの最低7日間公開をまっとうしたら即オンラインでの配信に切り替えるのである。これで映画上映にかかる膨大な費用を最小限に抑えることができる。
現実に取り残されていくエリート映画人!?
Netflixの存在は、劇場主たちにとっては目の上のタンコブなのはよく分かる。だがなぜスピルバーグ監督のような人がNetflix作品をアカデミー賞対象外にしようなどと言いだすのだろうか。自分はすでに確立されてハリウッドの大御所になっているのだから、新しいフィルムメーカーのヘルプとなるNetflixを応援してもいいはずなのに、配信サービスの作品は劇場公開日数が少ないからオスカー像をもらえる価値がないとでもいうのだろうか。
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スピルバーグのようなエリートは、劇場公開にかかる費用がどれほどインディーズのフィルムメーカーたちを圧迫しているかというのを知らない。彼の劇場用映画優越論を聞いていると、一般フィルムメーカーとは分かり合えない存在になってしまったようで、彼の作品を観ながら映画界を目指してきた者としては悲しくなってくる。
ここ数年、映画鑑賞の方法が大きく変わり映画館だけが鑑賞の場ではなくなってきている。これからも配信サービスで映画を観る人たちはどんどん増えていくだろう。「映画館で上映される作品こそが本当の映画で、それ以外はアカデミー賞の対象外であるべきだ!」などと言って、変な優越主義に固執している人たちのメンタリティは、社会階級での差別や果ては人種の差別を歌っている人たちのメンタリティと紙一重だと思うのだ。配信サービス・オリジナル作品だろうが劇場用作品だろうが、いいものはいいのであって差別する必要など全くないのである。(text:Akemi Kozu Tosto/神津トスト明美)