ピーター・パーカー/スパイダーマンが、『アベンジャーズ/エンドゲーム』の喪失感を抱えるファンの期待と想像をはるかに上回る形でヒーローとして成長を遂げるだけでなく、高校生らしい“夏休みへの思い”もあり、青春映画としても最高の出来映え。今回は、その人気の秘密に迫った。
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※以下、本作と『アベンジャーズ/エンドゲーム』のネタバレを含みますので、ご注意ください。
『エンドゲーム』後の世界に戸惑う“指パッチン組”

これほどの盛り上がりは、今作が「スパイダーマン」最新作というだけでなく、 “マーベル・シネマティック・ユニバース”(MCU)フェーズ3のラストを飾る作品として、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』と『アベンジャーズ/エンドゲーム』の直後の物語であることが大きい。“タイム泥棒”作戦でインフィニティ・ストーンを改めて集めたアベンジャーズは、まずは“指パッチン”によって5年前に失われた半分の命を元に戻し、最後はアイアンマンの“指パッチン”によって世界を救った。
そのことが実生活にどういう影響を与えたのかが、今作の冒頭では明らかにされており、アイアンマンや姿を消したキャプテン・アメリカらへの追悼も泣かせる形で描かれている。ピーターはじめネッド、MJ、ベディ、フラッシュらは復活組なので高校生活をやり直している最中で、サノスの“指パッチン”で消えなかった人たちは、例えばアントマンの娘キャシーのように5年分の歳を重ねている。
初々しい恋に、まさかの新カップル誕生!?

さらにピーターは、アイアンマン/トニー・スタークの死から少しも立ち直れていない。だからこそ、現実逃避するかのように夏休みのヨーロッパ旅行を目いっぱい楽しもうとする。ニック・フューリーからの電話を無視したり、わざとスパイダースーツを忘れていったりするのもその現れ。
また、この年頃には5年の年月は長く、旅行中にMJに告白したいピーターの前に、泣き虫少年から立派なイケメンへと成長したブラッドという強力なライバルも立ちはだかる。嫉妬と焦りのあまり、トニーから譲り受けた超ハイテク眼鏡“イーディス”でブラッドに仕返ししようとするなど、やりすぎてしまうピーターが可愛い。

そんな中、飛行機の座席が隣同士になったことから親友ネッドとベティがカップルに。“エレメンタルズ”と呼ばれる新たな脅威の出現もあり、MJのためにあれこれと立てた計画がことごとく崩れていくピーター。プラハでは2人の距離がグッと縮まる起死回生のチャンスが訪れるも、手を繋ぎたいけれど繋げない…というシーンのもどかしさはまさに青春映画。MJもツンデレで、素直じゃない一面があり、「スーパーヒーロー映画史上、かつてなかったタイプの恋愛関係」とトムホも断言している(公式プログラムより)。
ヒーローと恋の間で葛藤…トム・ホランドの確かな演技力

前作ではアイアンマンことトニーに何とか認めてもらいたくて、アベンジャーズの一員になりたくて、背伸びばかりしていたピーター。しかし、今回は、強敵が現れても“僕は「親愛なる隣人」なので、ホントのスーパーヒーロー(ソーとかキャプテン・マーベル)にお任せしたい”のが本音。
とはいえ、そうはいかないのがヒーローの宿命だ。その重圧に押しつぶされそうになるピーターを結果的に救ったのは、いまは亡きトニーであり、彼をよく知るハッピー・ホーガンであったことは感涙ポイント。ハッピーが見守る中、赤黒のスーツを新調するシーンでは、アイアンマンではお馴染みの「AC/DC」が流れ、“やっぱり君が継ぐ者だよね!”と確信させる演出が心憎い。

その辺りの父親代わりの師を失った悲嘆や、ヒーローとしての葛藤などを、トムホは実に繊細に演じており、彼が身体能力の高さだけでスパイダーマンに選ばれたわけではないことがよく分かる。トニーにスカウトされる『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』から、その演技を改めてふり返ってみたくなるだろう。
怪優ジェイク・ギレンホールがハマリ役

カウボーイや映像パパラッチなど、様々な作品でカメレオンぶりを発揮してきたジェイクの出演が発表されたとき、これは強力な、かなりクセのあるヴィランになりそうと誰もが思ったはず。とはいえ、公開前に解禁された情報は、コミックと同じミステリオ/クエンティン・ベックではあるものの、別次元の地球からやってきたヒーローとしてトニー亡き後のピーターを導く、というものだった。
だが、その事前情報も、マルチバースも、エレメンタルズも実は全てがフェイク! ミステリオはまさかの自作自演ヒーローだった。サングラスをかけると、どことなくトニーを思わせる雰囲気もあり(ロバート・ダウニー・Jrとは『ゾディアック』で共演)、ピーターも私たちも、フューリーまでもコロッと騙されてしまった。

ミステリオことベックは、『シビル・ウォー』に登場したAR技術「BARF」の開発者でありながら、そのサイコぶりからトニーに解雇され、逆恨みしていたのだ。ピーターの若さと優しさにつけ込んでトニーの形見“イーディス”まで手に入れ、狡猾で卑怯なイリュージョンでさらに彼を苦しめていく。
サム・ライミ監督の『スパイダーマン』のとき、トビー・マグワイアの代役候補として名前が上がったジェイクだが、結果的に今回のマッドなヴィランを演じてくれて大正解。ハリウッド映画のメイキングでよく目にするパフォーマンスキャプチャーのスーツ姿で、「人は信じたいものを信じる」と真顔で言い放つ彼は観る者にも大きな問いを投げかける。
MCUはこうした現実世界の問題を盛り込んでくるのが、特にうまい。物事のリアリティと“遠く離れてしまった”世界の生き方が、次のフェーズのテーマの1つになるのかもしれない。
『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』は全国にて公開中。