主人公一家を乗せたメルセデスEクラスのちょっと古いステーションワゴン(このクルマのチョイスだけで、彼らが比較的裕福なこと、でも父親はちょっと見栄っ張りなことがわかる)が、サマーバケーションを過ごすためカリフォルニア州サンタクルーズにある母親の実家が所有する別荘へと向かう。
カーステから流れるのは「I Got 5 On It」。カリフォルニア州オークランド出身のルーニーズが1995年にリリースした、ベイエリアヒップホップのクラシック。父親と母親の世代にとってはティーンの頃を思い出させる懐メロだ。でも、子どもたちは言う。「これってマリファナのことでしょ?」。その通り。友達が1パック10ドルで買ったマリファナ、それを半分分けてくれと5ドル札を手渡すときの決まり文句、それが「I Got 5 On It」だ。
その「I Got 5 On It」は物語のクライマックスにも再登場。そこでは、前作『ゲット・アウト』に続いてスコアを手がけたアベル・エイブルス(ちなみにジョーダン・ピールはスティーブン・スピルバーグから直々に「彼は君にとってのジョン・ウィリアムズになるから今後も一緒にやり続けた方がいい」とアドバイスされたという)の手によって、チョップド&スクリュードの流儀で曲のピッチが落とされた上にストリングスのおどろおどろしいアレンジが加えられて、まるで「もう一つの世界」の「I Got 5 On It」のように生まれ変わっている。
というわけで、本稿では『アス』のテーマソング「I Got 5 On It」にあやかって5つのキーワードから、「いまのところ傑作しか撮っていない男」ジョーダン・ピールの最新作『アス』の世界を読み解いていきたい。
キーワード1:ハンズ・アクロス・アメリカ
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1986年の過去シーンから始まる『アス』。少女時代の主人公アデレードが見ているテレビの画面に映し出されているのがこれ。1986年5月25日、「アメリカ国内の貧困層及びホームレスを救おう」というお題目で、アメリカ中の人々が手に手を取って東海岸から西海岸までを一つに繋げたイベントだ。前年のUSAフォー・アメリカ『ウィ・アー・ザ・ワールド』とライブエイドによって大規模チャリティーへの機運が高まっている中で生まれたイベントだったが、開催当時からその偽善性を指摘する声も多く、今ひとつ盛り上がりにかけた。その結果が現在のアメリカ社会というのは笑えない冗談だ。ジョーダン・ピールだけに。
キーワード2:「スリラー」のTシャツ
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少女時代のアデレードが遊園地の射的で当てた景品が、マイケル・ジャクソン「スリラー」のビデオのビジュアルがあしらわれたTシャツ。アルバム『スリラー』がリリースされたのが1982年12月。同作から7曲目のシングルとしてシングル「スリラー」がリリースされて、ミュージックビデオの歴史を変えた、あのジョン・ランディスによるビデオが初めてテレビで放送されたのが1983年12月。つまり、本作で描かれている1986年の時点で、「スリラー」Tシャツは「寂れた遊園地の射的の景品」になるほど余剰在庫を抱えていたということ。
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ちなみに、ジョーダン・ピールが設立したモンキーポー・プロダクションのプロデューサーであるイアン・クーパーは「レッドの文化的な嗜好は1986年で止まったままだ」と重要な指摘をしている。つまり、まるで「スリラー」のビデオのゾンビのように「もう一つの世界」から現れた「もう一つの家族」のお揃いの真っ赤なコスチュームにはマイケルからの影響が? また、アデレード/レッドの長男ジェイソン/プルートーが、地上の世界で『ジョーズ』のTシャツを着ていたのもなにやら意味深。その暗示に気づいたとき、自分は心底ゾッとしましたね。
キーワード3:ウサギ
オープニングクレジットのシーンから、こちらも意味深な存在として出てくる膨大な数のウサギたち。ジョーダン・ピールによると「子どもの頃からウサギが苦手だったんだ。目が赤いのが怖くて」とのことで個人的な恐怖の象徴でもあるようだが、ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』でアリスを地下の世界に誘ったのも、キリスト教のイースター祭で卵を運んでくるのも、ウサギだ。
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ここでは、それらに加えてもう一つ解釈を。13世紀にイタリアの数学者レオナルド・フィボナッチが、今も数学界で用いられている「フィボナッチ数」を発見する際に解いたのが「ウサギの問題」。以降、欧米においてウサギは「無数に増えていく個体」の比喩となっている。とすれば、ウサギたちがいた場所が「もう一つの世界」であったことの意味はより深まるだろう。
キーワード4:80年代ホラー映画からの引用
ルーニーズの「I Got 5 On It」が初めて映画の劇中で使用されたのは『エルム街の悪夢』シリーズ。長男ジェイソンが被っているお面/プルートーが被っているマスクのイメージの源流は『13日の金曜日』シリーズ(そもそも名前がジェイソン!)。80年代ホラークラシックへのオマージュが全編に散りばめられている『アス』。
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ポスターのビジュアルなどで象徴的に用いられているのは、レッドが武器として手にしている真鍮のハサミだ。ハサミが凶器としてフィーチャーされた作品としてホラー映画ファンが最初に思い浮かべるのは、トニー・メイラム監督の『バーニング』(1981年)だろう。同作には登場キャラクターが文字通り火だるま(=バーニング)になるショッキングなシーンもあって、そこも『アス』との共通点。
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キーワード5:エレミヤ書11章11節
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劇中、何度か重要なシーンに現れるホームレスのような謎の男と、その男が掲げた段ボールやその額に刻まれていた言葉。あるいは、家の中のデジタル時計に表示されている「11:11」の数字。それらが意味するのは、旧約聖書の三大預言書の一つ、エレミヤ書の11章11節のことだ。
「見よ。私は彼らに災いを下す。彼らはその災いから逃れることはできない。彼らは私に向かって叫ぶだろうが、私は彼らに耳を貸さない」。
『アス』が描いているのは、いつか必ずやってくる、我々が逃れることのできない「災い」ということになる。