「愛」を描き、秀逸な映像表現で魅せる

幼少期から子役として活動を始めたドランは、若干19歳にして映画監督デビュー。初監督作『マイ・マザー』(09)では主演と脚本も務め、いきなりカンヌ国際映画祭の監督週間での上映を勝ち得た(これは新人監督にとって、極めて栄誉なことだ)。その後、現在に至るまで8本の長編映画を監督し、カンヌ国際映画祭の審査員賞も受賞している。日本では、『そして父になる』(13)が選ばれた賞だ。
ドラン作品の特徴はいくつか挙げられるが、全てに共通するのは「愛」を描いていること。特に、母が子に向ける、清濁併せ持った強固な愛――そして、子が母に向ける複雑な愛憎が、異性・同棲を問わない恋愛感情と絡まり、ドラマティックに彩られていく。「言いすぎて、傷つける」家族の愛と、「言えなくて、遠ざかる」恋人や友人の恋の対比が、美しくももの悲しいムードをかき立てるのだ。

感性を刺激するスタイリッシュな映像表現も秀逸で、キャラクターの目の動きをじっと見つめるショット、対象に一直線にズームするカメラ、セリフを排し、劇的な音楽と走馬灯のように駆け巡る映像だけに特化した見せ場のシーンの演出など、感情ベースの映像作りが特色だ。鮮やかな中にも“手触り”を残した色彩感覚と質感も、味わい深い。
ドランの映画は、否応なしに観る者の感情を刺激し、激情を引きずり出す。批評家層はもちろん、多くの映画ファンに厚く支持されるゆえんだ。
監督業だけではないマルチな才能

また彼は、『マイ・マザー』から最新作の『マティアス&マキシム』まで、多くの監督作で出演も兼ねており、マルチな才能を持つ次世代型のクリエイター。端正な顔立ちに物憂げな眼差し、どこか舌足らずな発声など、役者としても観る者を引き付けるオーラにあふれている。
監督作以外だと、恐怖のピエロ、ペニーワイズの餌食になる青年に扮した『IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』(19)や、若手実力派ルーカス・ヘッジズと共演した『ある少年の告白』(18)など、精力的に活動。ちなみに子役時代はレオナルド・ディカプリオに憧れていたそうで、彼に宛てたファンレターに着想を得た『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』(18)も製作している。

余談だが、ドランは2015年に、世界的歌姫アデルのミュージックビデオも手掛けた。全編モノトーンで構成された本作では、ドランらしい「人物の表情のアップ」や「心情を表す風や煙の表現」が確認でき、エモーショナルな仕上がりになっている(ちなみに、監督作『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』の冒頭でも、アデルの曲を使用)。
“想い”を映像に綴じ込める詩人、グザヴィエ・ドラン。彼の豊饒な世界に触れるとき、私たちの感性も無限に開かれていくのだ。