ドランの作品はいつでも自伝的で、左腕にタトゥーを入れるほど心酔する『ハリー・ポッター』のダンブルドアことマイケル・ガンボンが、“瞬く間に時代の寵児になった”主人公ジョンに示唆を与える役として特別出演していたからだ。
だが、そうではなかった。同作の撮影1年前から準備していたという『マティアス&マキシム』で、彼は原点に帰ってきたのだ。
成熟期のドランが“ホーム”に帰ってきた
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この最新作でドランは、『トム・アット・ザ・ファーム』以来6年ぶりに役者として自身の監督作品に出演している。故郷であるカナダ・モントリオールを舞台にケベック訛りのフランス語を話しながら、実際の友人たちと生み出した『マティアス&マキシム』は恋と友情の青春ストーリー。
もはや早熟の天才でも、“アンファン・テリブル”(恐るべき子ども)でもない成熟期に入ったドランが演じたのは、設定は異なれども『マイ・マザー』の少年から10年たったような姿だった。
マティアス(マット)とマキシム(マック)、名前も似ている2人の青年の友情の揺らぎと、切なく、じれったいまでの恋心に焦点を当てつつも、彼が演じたマキシムは相変わらず母親に対して複雑な思いを抱えており、30代を前にようやく母親から離れようとしている。その母親役を演じているのが、『マイ・マザー』『Mommy/マミー』でも主人公の母親を演じていたアンヌ・ドルヴァルなのだから、まさに“ホーム”。
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そして、監督ドランは自分流の映像表現とその伝わり方を承知の上で、『たかが世界の終わり』や『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』のように家族や友人同士の会話によってキャラクターや関係性を紹介し、感情を代弁する音楽をかき鳴らす。ドキュメンタリー映画のようなたわいないやりとりに、恋を自覚した2人の視線の交わりを忍ばせていく。
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また、『君の名前で僕を呼んで』のエリオとオリヴァーを彷彿とさせる、マティアスとマキシムの青と赤の色彩の対比は衣装だけでなく、マティアスが一心不乱に泳ぎ続ける湖の色や、マキシムの血の涙の跡のようなアザなどにもうかがえる。
ゲイのラブストーリーと母子の愛憎を描く…
だけじゃないドラン
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さらに注目してほしいのは、窓越しに撮られた景色や人物たちだ。特に、友人の妹であるエリカに自主短編映画への“出演”を約束させられ、皿洗いをしながら困惑するマティアスとマキシムをとらえた窓が切り取った画角にはハッとさせられた。
それは『Mommy/マミー』で話題となった1:1=正方形のインスタサイズではなく、Tik Tokやインスタストーリーズの9:16の画角。エリカはデジタルネイティブのZ世代、「ドラゴンボール」の話をしても通じない新世代なのだ。
その上、マティアスとマキシムを混乱させるきっかけを作った、この若き映像作家は「物事をラベルで判断したくない」と言ってのける。
まるで、オープンリー・ゲイであるドランについて「常にゲイの恋愛と母子の愛憎を描く」といったラベル=レッテルを張りつけていた批評家や私たちファンの凝り固まった決めつけに、ドラン自身が自分はそんなに単純じゃないと新たな挑戦状を叩きつけているようにも思えてくる。いろんな形があっていい、お互いにとって唯一無二の形であればそれでいい、と。
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エリカに代表される、多様性のその先のインクルーシブ(包括性)をすでに受け入れている者たちのように、この映画を、グザヴィエ・ドランのありのままを観てほしいと投げかけられているような気がする。本作を準備しながら、『ある少年の告白』や『IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』で抑圧、迫害されるゲイの青年を演じたことも大きいかも知れない。
ドランは本編の冒頭で、影響を受けた『ある少年の告白』監督のジョエル・エジャトンや、『君の名前で僕を呼んで』監督のルカ・グァダニーノ、『ゴッズ・オウン・カントリー』監督のフランシス・リー、そしてマティアスの取引相手を演じたハリス・ディキンソンが眩しい『ブルックリンの片隅で』監督のエリザ・ヒットマンといった4人の先輩たちに本作を捧げている。今度は自分の作品が誰かにとってそうありたい、と言わんばかりに。
これらの作品に匹敵するくらい、2人が交わした情熱的なキスは忘れられないほどの美しさだった。
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『マティアス&マキシム』は9月25日(金)より新宿ピカデリーほか全国にて公開。