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ハリウッドがパンデミックで迫られる変革、現実味帯びる配信による「ニューノーマル」

本稿では、2020年の「主に北米をはじめとする海外」と「日本」、それぞれの映画界で2020年に起こったことについて、前後編に分けて振り返っていきたい。

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ポン・ジュノ監督ら『パラサイト 』キャストも大集結/第92回アカデミー賞授賞式 (C) Getty Images
ポン・ジュノ監督ら『パラサイト 』キャストも大集結/第92回アカデミー賞授賞式 (C) Getty Images 全 7 枚
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《text:宇野維正》

 『パラサイト 半地下の家族』の第92回アカデミー賞での作品賞、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞の4部門受賞という歴史的快挙、及び日本における韓国映画史上最高の大ヒット(最終興収47.1億円)で華々しく幕を開けた2020年の映画界。しかし、同時期に日本公開された『フォードvsフェラーリ』、『リチャード・ジュエル』、『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』といった秀作の記憶と合わせて、その直後に起こった新型コロナウイルスの世界的パンデミックを経た今となっては、もう何年も前の出来事のような気がしてくる。

喜びを分かち合うポン・ジュノ監督ほかキャストたち/『パラサイト 半地下の家族』作品賞受賞【第92回アカデミー賞】 (C) Getty Images喜びを分かち合うポン・ジュノ監督ほかキャストたち/第92回アカデミー賞
 一人の映画ファンとしては、「もしコロナがなかったら」という並行世界に想いを馳せずにはいられない。もしコロナがなかったら、4月はダニエル・クレイグ演じるジェームズ・ボンドの最終作となる『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』に、5月はジャスティン・リン監督が復帰を遂げる『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』と、マーベル・シネマティック・ユニバースがフェーズ4に突入する『ブラック・ウィドウ』に、映画館で大興奮していたに違いない。『万引き家族』、『パラサイト 半地下の家族』に続いて、アジアの映画作家の作品は2020年もカンヌ映画祭を沸かせただろうか? サマーシーズンのシネコンでは『るろうに剣心 最終章』の連作と『トップガン マーヴェリック』がデッドヒートを繰り広げていただろう。ウェス・アンダーソンの『The French Dispatch』(原題)、あるいはドゥニ・ヴィルヌーヴの『DUNE/デューン 砂の惑星』で、ティモシー・シャラメは念願のオスカーを手にすることになったかもしれない。

『DUNE/デューン 砂の惑星』 (C) 2020 Legendary and Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reservedティモシー・シャラメやゼンデイヤらが出演する『DUNE/デューン 砂の惑星』
 2020年3月以降、映画を取り巻く環境、特に「劇場で観る映画」を取り巻く環境は大きく変わった。本稿では「主に北米をはじめとする海外」と「日本」、それぞれの映画界で2020年に起こったことについて、前後編に分けて振り返っていきたい。どうして分ける必要があるのかは、後編の最後まで読んでもらえればわかっていただけるはずだ。少なくとも現時点では、その深刻さにはあまりにも大きなギャップがある。

 3月以降にアメリカ各地で映画館が閉鎖された後、ハリウッド・メジャーで最も早く大きく動いたのはユニバーサル・ピクチャーズだった。ファミリー向けのアニメーション作品『トロールズ ミュージック☆パワー』を全米公開予定日の4月10日、同日にPVOD(通常よりも高い価格設定のビデオ・オン・デマンド)で配信リリース。それが収益的に一定の成功を収めると、今後は映画館の営業が平常化してからも、配信と映画館の両方で映画を公開する予定であることを発表。当然、劇場サイドはそれに猛反発した。その先鋒に立ったのは、ユニバーサル・ピクチャーズに「今後ユニバーサル作品の上映を拒否する」と通告した全米最大規模のシネコンチェーンAMCシアターだったが、両社は協議の結果、「配信開始は劇場公開から17日後」という取り決めを交わすことに。それでもこれまでと比べたら異例のウィンドウ(劇場公開から他のプラットフォームでの展開までの期間)の短さだが、事態はそんなレベルでは収まらなかった。

「AMCシアターズ」-(C)Getty ImagesAMCシアターズ
 当初、『ムーラン』の劇場公開を2020年4月17日に予定していたディズニーは、パンデミックの影響による度重なる公開延期を経て、8月4日に北米をはじめとする既にディズニープラスを展開している地域では、同作を9月4日からディズニープラスでのみPVODで配信リリースすると発表。10月9日には、もう一段階進んで、ピクサーの新作『ソウルフル・ワールド』をディズニープラスの契約者なら課金なしで見られる通常プログラムとして12月25日から配信することを発表。つまり、秋の時点ではヨーロッパ各都市や日本の映画館は営業を再開しているにもかかわらず、劇場での公開そのものが吹っ飛んでしまったわけだ。現在世界最大のスタジオであるディズニーの配給事業から配信事業への大転換は、世界中の劇場に大きなダメージを与えることとなった。

『ソウルフル・ワールド』(C)2020 Disney/Pixar. All Rights Reserved.ディズニープラスにて配信中『ソウルフル・ワールド』
 クリストファー・ノーラン監督の強い意向によって、9月に『TENET テネット』の劇場での世界公開にこぎつけたワーナー・ブラザーズだったが、12月3日におこなった発表はハリウッドのこれまでの歴史をひっくり返すような衝撃的なものだった。同社は2020年12月25日に北米公開される『ワンダーウーマン 1984』を皮切りに、2021年に劇場公開するすべての作品を、その公開日から自社のストリーミングサービスであるHBO Maxで追加料金なして配信すると明らかにした。つまり、モンスターバースの最新作『Godzilla vs. Kong(原題)』も、ジェームズ・ガン監督の新作『The Suicide Squad(原題)』も、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の新作『DUNE/デューン 砂の惑星』も、『マトリックス』シリーズ18年ぶりの続編『Matrix 4(原題)』も、北米ではすべて劇場公開日から自宅で追加料金なしで見ることができるわけだ。

 それぞれ自社のストリーミングサービスを持つディズニーとワーナーの配信事業への注力は、今後の5年、10年を見据えての「映画を取り巻く環境」の変革の一環と受け止めるべきだろう。「コロナウイルスの影響」はその計画を早めるきっかけにはなったものの、もはや決定的な理由ではない。自社の収益、そして投資家や株主の意向を優先した際に、そこで切り捨てられたのが「劇場」というわけだ。2021年4月25日、例年よりも2カ月遅れて開催される今度のアカデミー賞受賞式では、「特例」としてこれまでは認めてこなかった「配信公開のみの作品」もノミネートの対象となると発表されている。しかし、果たしてそれは本当に今回だけの「特例」になるのだろうか? 現在起こっていることを冷静に判断するなら、今後はそれが映画界の「ニューノーマル」になっていくと考えるのが妥当だろう。

後編:『鬼滅の刃』大ヒットによる錯覚と、正念場を迎える2021年の映画界

《text:宇野維正》

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