北斎について、青年期についての資料はほぼ残されておらず、柳楽さんが演じる時代は、史実と照らし合わせながらも、オリジナル色の強い脚本に仕上がった。ゆえに、映画を観て「えっ」、「へ~」と多少の驚きと新鮮さを持って楽しめる。柳楽さんが演じたならではのスパイスも、たぶんに効いているのだが。
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「演じるにあたっては、監督と話し合って僕たちの北斎像を作り上げていきました。北斎は世界中にファンがいる日本を代表するアーティストなので、正直怖いという気持ちもありました(苦笑)。これまで過去に作らた葛飾北斎に関する映像作品を観た印象では、北斎は割と骨太で無骨な印象だったり、ワイルドなイメージが強かったんです。今回、演じさせていただくことが決まって、役柄を通して調べていくと、実は、知的で、情熱的な一面もあった人だったのではないかと思いました。“彼を突き動かしたその原動力は何なんだろう、すさまじいパワーを持つ人だな”と感じていました」。
パワフルさは、柳楽さんが憑依したとも言いたくなる、北斎が一心不乱に筆を取る姿に現れている。実のところ、北斎は、当時人気を誇っていた歌麿(玉木宏)や写楽(浦上晟周)に追いつけず、嫉妬と自信喪失でさまよい、たどり着いた海で自らの才能と五感を呼び覚ましたのだ。柳楽さんの演技と北斎のアイデンティティが合体するような、強いインパクトを残す海のシーンは、必見だ。演じた海での出来事を、柳楽さんは北斎目線でやさしく言葉にした。
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「北斎は“今、すごくいい絵が描けるぞ” というモチベーションで、海に向かったわけではないのか、と僕は思ったんです。納得いかないとか、悔しいとか、ある意味、絶望的だったと思いますし、そこには、アーティストならではの感情がありそうな気がしたんです。監督と僕たちとで、“これだ”という気持ちを持って撮影しました」。