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【映画と仕事 vol.12】字幕翻訳者・高内朝子インタビュー 時代背景や文脈、シチュエーションに合わせた柔軟な字幕を

多くの人々が、海外作品を鑑賞する際にお世話になっている日本語字幕。映画業界で働く人々にお仕事について話を聞く【映画お仕事図鑑】。今回、登場してもらうのは先日、公開を迎えた『フォーリング 50年間の想い出』の日本語字幕を担当した高内朝子。

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『フォーリング 50年間の想い出』(C)2020 Falling Films Inc. and Achille Productions (Falling) Limited· SCORE  (C) 2020 PERCEVAL PRESS AND PERCEVAL PRESS INC. · A CANADA - UNITED KINGDOM CO-PRODUCTION
『フォーリング 50年間の想い出』(C)2020 Falling Films Inc. and Achille Productions (Falling) Limited· SCORE (C) 2020 PERCEVAL PRESS AND PERCEVAL PRESS INC. · A CANADA - UNITED KINGDOM CO-PRODUCTION 全 9 枚
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映画を観る人を信頼して翻訳する


――高内さんが、字幕翻訳を行なう上で、大切にしていること、特に気をつけていることはどういったことですか?

やはり、いかに血の通ったセリフにするか?  という点ですね。いまは英語が理解できる方も昔と比べて格段に増えて「字幕が原文と違う!」といった声を聞くこともあるんですけど、基本的には世代を問わず日本語話者に向けて、リアルな日本語で心情を伝えるということを一番大切に考えています。

直訳に限りなく近い翻訳もあれば、少しお節介で親切な翻訳もあって、それによって観る方の好き嫌いも分かれると思います。訳し方は作品や観客のターゲット層によって多少、変えることもありますが、私はなるべく読みやすく親切にと…もしかしたらちょっとお節介気味な方かもしれません。もちろん、これはあくまで「どう訳出するか」の問題で、内容を勝手に単純化したり、原文にない要素を加えるという意味ではありません。

作品によって、扱っている題材の専門家の方が観ることもあれば、そのジャンルに詳しくはないけれど映画が大好きでよく観ている方もいます。私自身、能力を超えたような作品にやっとの思いで取り組んでいることも多いですし、観てくださる方を信頼して、侮らないで翻訳することを心がけています。

難しい専門用語や、微妙で繊細なニュアンスの表現をどうするか? というのは常にあって、もちろん制作会社や配給会社と相談しながら決めていきます。作品と登場人物にぴったりくる言葉を…と言うとごく当たり前のことなんですが、観てくださる方は自分よりもすごいんだ! ということはいつも念頭に置いて臨んでいます。

――字幕翻訳者さんによって、訳し方の“個性”というのは出てくるものですか?

そうですね。以前、仕事で他の方の翻訳を見る機会が多くありましたが、(人それぞれ)違うものだなというのは感じました。ジャンルごとに得意な分野があったりもして、ドキュメンタリーが上手なのにコメディになると「あれ?」という翻訳をする方もいて(笑)。決して間違いがあるわけではなく、正確な字幕ではあるんですけど。

――他の方の制作をした字幕を読んで「このフレーズをこう訳すのか!」と驚いたりも…。

ありますね。例えば、俳優がものすごくたくさん喋っていても、字幕で表現できる文字数は本当に少ないので「そうか、こういう思考でこの字幕に到ったんだな…」という翻訳者の思考の回路が同業者だからこそわかるところもありますし。

――先ほど、作品によってはリサーチも必要となるとおっしゃっていましたが、言葉の問題というより、社会の制度や法律、文化や慣習の違いで、なかなかぴったり当てはまる訳語がない場合もあるのでは?

そうですね。「ハウス・オブ・カード」などではいろんな省庁や部署の名前なども出てきますが、日本で似たようなものがある場合、それを当てはめてしまいたくなるんですが、やはり似て非なるものですから。私自身が、そういう(日本とアメリカの)違いなどを知るのを好きですし、あの作品の視聴者もそういう部分に興味のある方が多いと思うので、そういう場合はなるべく原語の意味、現地の情報がそのままきちんとわかるように訳すようにしています。

私自身、何かの専門知識を持っているわけではないですから、例えば理系や金融の知識が必要な場合は、詳しい友人に尋ねたりもします。以前、釣りの用語を釣具屋さんに尋ねたこともありましたし、ネジの種類がわからない時に、東急ハンズまで行って、店員さんにいろいろ伺ったこともありました。中古レコードの用語がわからなくて、アメリカの中古レコード店のサイトからメールで質問させてもらったこともありましたね。

とはいえ、あまりに専門知識が全般にわたって必要な場合は、制作会社と相談して、「監修」という形で専門家の方にお願いすることもあります。「ハウス・オブ・カード」でも政治用語はしっかり監修していただきました。

「ハウス・オブ・カード 野望の階段」

――高内さんがこの仕事をされていて、やりがいや面白さを感じる部分はどういうところですか?

言葉にもともと興味があるので、言葉について常に考えられることが面白いですね。あとは自分が担当した作品が話題になったり、大きな劇場で掛かるのはもちろん嬉しいんですが、私自身が地方の出身で、もっといろいろな映画を観たい…という思いで十代を過ごしていたので、自分の担当した作品が地方で上映されているのはすごく嬉しいですね。

――最初に「なんとなく」この世界に入って、その後、フリーランスになって続けていこうと思えたのには、特別な喜びや面白さが感じられたからなのでしょうか?

そうですね。外国語のセリフでも、やり方しだいで登場人物の細かな感情、心情をいくらでも日本語でリアルに伝えられると思いますし、それがうまくいったときの喜びはすごく大きいです。また私自身はかなり飽きっぽいんですが(苦笑)、そのときどきでいろんな作品に出会えるんですね。駆け出しのころは、ホラー映画に対して苦手意識があったんですけど、ホラーの巨匠たちの新作シリーズみたいなものを担当することになって、過去の様々な名作を観ましたし、仕事でカンフー映画を観まくった時期もありました。

アメリカの政治のことは「ハウス・オブ・カード」でさんざん勉強させてもらいました。単語レベルで知らないことばかりだったので、こんなにも自分の能力を超えていると感じる仕事はなかったですが、腹をくくって向き合って、本当にすごい脚本を前に(ケヴィン・スペイシーの件は今も非常に悔しく、怒りが湧いてきますが…)「これをどうしたら日本語で伝えられるのか?」とプレッシャーもすごかったですけど本当に勉強になりました。

『MINAMATA―ミナマタ―』

最近では、ジョニー・デップ主演の『MINAMATA-ミナマタ-』を担当して、英語のセリフ自体は専門用語というよりも心情を表すような言葉が多かったんですが、それでも関連書籍などで水俣病の背景をできるかぎり勉強することで、選ぶ訳語が確実に変わってくるんですよね。

ここ数年、東京国際映画祭の仕事もさせてもらって、今年はコソボの女性監督の『ヴェラは海の夢を見る』という作品(※グランプリを獲得)を担当したんですが、ここでもコソボについていろいろ勉強して…という感じで、飽きずに今までやってきました。

――新しい言葉や流行語、若者の言葉などに対してもアンテナを常に張っているんですか?

大好きですね(笑)。映画やドラマっていろんな人物が出てくるので、正しい日本語の知識が必要なのはもちろんですが、例えばバラエティやお笑い、ニュースでどういう言葉が使われているのか? ネットでいまどんな言葉が使われているのか? 若い子たちが聴く音楽の歌詞はどんな感じなのか? とか、わりと何でもかんでもミーハーに首を突っ込んでいます。それをすぐに訳に取り入れないまでも、押さえておくようにはしますね。流行ってる言葉でも「これなら字幕にも使えるかな?」とか「これはさすがに字幕では無理かな…」などと考えます。


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《text:Naoki Kurozu》

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