ソン・ガンホとイ・ビョンホン、いずれも韓国を代表する日本で最も名の知られた俳優が4度目のタッグを組み、パンデミック以前に発案されたとは思えないほどのリアルさで描く映画『非常宣言』。
本作は、スクリーンでこそ目撃したい大迫力の航空パニック映画でありつつ、この2人をとりまく群像劇としての面白みも格別だ。そして実際に私たち自身が未知のウイルスに対する選択を様々な局面で迫られたように、この映画の登場人物たちもまた究極の選択を突きつけられている。
妻を救うため、ソン・ガンホの
血・汗・涙がほとばしる!
ソン・ガンホ演じるク・イノは、妻へユン(「SKYキャッスル~上流階級の妻たち~」ウ・ミファ)から海外旅行に行くことも知らされず、娘には煙たがられるしがない中年刑事。動画サイトに投稿された飛行機テロを予告するビデオの信憑性を確かめるため、その予告犯らしき人物が暮らす高級マンションで小学生から話を聞こうとするも、「英語できないんだ」と言われてしまう。そんなちょっぴり情けない小市民的な姿は、これまでに見てきたようなソン・ガンホそのものだ。
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また、そのとき「金持ちの街だから教育水準が高いな」と同僚の刑事ユンチョル(『三姉妹』ヒョン・ボンシク)がふとこぼした愚痴は、仁川空港発ホノルル行きKI501便に乗り込んだテロ犯リュ・ジンソクのキャラクターに少しずつ輪郭を持たせていくことになる。今回かつてない悪役に挑んだイム・シワンが嘲罵する冒頭シーンにも、納得が生まれていく。さらに、リュ・ジンソクの部屋で次々に判明していく事実は、『アウトブレイク』さながらに緊迫を高めさせる。
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やがて、リュ・ジンソクが前代未聞の航空バイオテロを引き起こすつもりであること、ハワイ旅行に出かけた妻が同機に搭乗していることが分かると、ク刑事の瞳に炎が宿る。その捜査は前のめりで全力、ときどき無鉄砲。本作のハン・ジェリム監督と初めて組んだ『優雅な世界』(07)で見せたような激しいカーチェイスもあり、ク刑事は血・汗・涙まみれになる。
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地上にいる彼が関わるのは、『シークレット・サンシャイン』でソン・ガンホと共演したチョン・ドヨン演じる国土交通大臣のキム・スッキ。航空テロ事件対策本部の指揮をとる彼女も葛藤しながら、誇りを持ち、忖度することなく対処しようとする。また、「夫婦の世界」の“不倫夫”として知られるようになったパク・ヘジュンは危機管理のために大統領府から派遣されたパク・テスとして冷静さを貫く。
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とはいえ、これまでも『観相師』や『タクシー運転手~約束は海を越えて~』など、市民目線の“抵抗者”を演じてきたソン・ガンホのこと。本作でも政治家や上層部の指示をただ待っているだけではなく、我々の想像の上をゆく選択をし、未曾有のウイルスに立ち向かう。その壮絶なシーンも含め、ク刑事はやはりソン・ガンホにしか演じられないキャラクターとなった。
イ・ビョンホンが対峙するテロ犯とトラウマ
その一方、高度28,000フィート上空では機内で起き始めた異変に動揺が広がっていく。イ・ビョンホン演じるパク・ジェヒョクは、娘スミン(キム・ボミン)のアトピーの治療のために苦手な飛行機に乗ってハワイへと向かうところだった。
親子は空港にいるときから、身なりはきちんとしているが、ぶしつけな男リュ・ジンソクに付きまとわれていた。「旅行ですか? 奥さんは?」と尋ねてきた男が同じ飛行機に乗り合わせたことに不安を感じながらも、ジェヒョクは自身の飛行機恐怖症に対峙することで精一杯だ。
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これまでアクションスターとしても大活躍してきたイ・ビョンホンは、直近のNetflixドラマ「私たちのブルース」で慟哭したドンソクのように、本作でも決して完全無欠のヒーローではない。キム・ナムギル演じる副機長ヒョンスとの確執とトラウマを抱え、脆くて弱い、臆病な部分を見せることになる。
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やがてウイルスが拡散された機内では、1人、また1人と咳き込みはじめ、発熱や発疹から始まる感染に見舞われていく。「お前、感染してるんじゃないのか?」そんな言葉が飛び出すシーンはまるでコロナ禍当初のようで、疑心暗鬼とエゴイズムまでもが蔓延し、弱き者が追いやられていく様は『新感染 ファイナル・エクスプレス』にも通じる。
むしろ機内では、ハン・ジェリム監督の前作『ザ・キング』で絶賛されたキム・ソジンが演じるチーフパーサーのヒジンや、「社内お見合い」のソル・イナらCAなどの女性たちが不安と混乱の中にあっても頼もしい。
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“いま”の映画として拡がる恐怖も…
こうしたウイルスを巡る人間たちのドラマが交錯していく中で、やがて機内と地上の混乱が繋がると、予想だにしていなかった方向にストーリーは転じ、事態は悪化の一途を辿る。
さらに悪いことに、現在はスマホで撮影された思慮なき映像がそのままニュースとして配信されてしまう時代である。『新感染』や「今、私たちの学校は…」など世界を席巻したKゾンビはもちろん、多くの感染パニックムービーは当該の人々が孤立し連絡手段を断たれて、現状を把握できずに右往左往するものだが、本作ではウイルスの最新情報や世間の声が機内に筒抜け。この点も“いま”の映画として、ある種の恐怖となっていく。
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「非常宣言」とは映画の冒頭でも説明されている通り、航空運行における“戒厳令”だ。何らかの理由により飛行機が危機に直面し、通常の飛行が困難になったときパイロットが不時着を要請する。“これ”が布告された航空機はどの航空機よりも優先的に着陸できるという絶対的な効力がある、はずだった。
しかし、あのときの日本で港に停留し続けていたクルーズ船のように、KI501便の運命は不確かなものとなっていく。誰もが大切な誰かを思い浮かべながら最悪の事態を回避するために、文字通り命を賭けた選択を迫られる。上空にいる者、地上のその家族、警察、政治家、国家…それぞれが自身のできることに向き合っていくその過程がかつてないスペクタクルで描かれ、まさに息つく暇もない。
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脚本も手がけたハン・ジェリム監督は、撮影前に6か月を費やし「カット割りから構図、人物のエモーション、小物や衣装に至るまで」綿密な絵コンテを作成したという。コロナ禍での大規模撮影を円滑に進めるためだったというが、それほど計算されていたフィクションに現実が追いついてしまったいま、「自助」や「自己責任」をいわれ続けてきた私たちがこの映画に直面したとき、どんな選択ができるだろうか。映画を観た後は、それを問い続けることになる。
『非常宣言』は2023年1月6日(金)より全国にて公開。
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