フィクションでは描き切れないリアリティと人々の物語を映し出すのがドキュメンタリーの力。そんなノンフィクションならではの醍醐味を感じられる、配信で観られるおすすめのドキュメンタリー作品をご紹介。
人と人の奇妙な繋がり
『画家と泥棒』
画家のバルボラはオスロでの展覧会で何者かに2枚の絵画を盗まれてしまう。防犯カメラ映像から犯人の2人が割り出されるが、コンタクトを取ることのできた犯人の一人ベルティルは絵画の行方について「覚えていない」の一点張り。事件の裁判に赴きベルティルと対峙したバルボラは、「あなたの絵を描かせて欲しい」と提案。ベルティルは訝しがりながらもその申し出を受け入れる。そこから、「盗まれた者」と「盗んだ者」の奇妙な関係が始まった…。
2020年に製作された本作は高い評価を受け、サンダンス映画祭で審査員特別賞を受賞、BBCや「ワシントンポスト」によってその年のベストドキュメンタリーにも選ばれた。
監督のベンジャミン・リーいわく、「なぜ絵画を選び盗んだのか」という絵画泥棒への興味から本作の企画はスタートしたという。絵画盗難事件を調べている中で、2015年に起きた本作の事件に行き当たる。しかしカメラは事件の詳細を追うのではなく、タイトル通り「画家」と「泥棒」それぞれの内面と、その関係性にフォーカスしていく。
画家バルボラの、過去のDVによる深い心の傷と絵画への恐ろしいまでの情熱。そして、薬物に溺れ恋人にも見放される絵画泥棒ベルティルの荒んだ私生活と再生…。2人の人生は意図せず交わり、不思議な友情を築くことになる。おそらく当初は想定していなかったであろうその顛末は、劇映画では到底辿り着けない、ドキュメンタリーならではの着地だろう。
人と人が出会うことの不可思議さとその繋がりの尊さを捉えたドキュメンタリーだ。
『画家と泥棒』はAmazon Primeで配信中。
おはようとさよならと
『おやすみオポチュニティ』
2003年、水の痕跡を求めて火星へと旅立った2つの探査車(ローバー)「オポチュニティ」と「スピリット」。当初90日と思われていた稼働期間を大幅に越えてミッションにあたった「双子」の偉大な功績を、エンジニアや研究者のインタビューと精巧な再現映像で紐解いていく。そこには人とロボットの絆、宇宙へのロマン、そして長い長い冒険のドラマがあった…。
監督を務めたのは『おしえて!ドクター・ルース』『わたしは金正男を殺してない』など幅広い分野のドキュメンタリー作品を手掛けるライアン・ホワイト。当時の記録映像とインタビューを正面から捉える正攻法のノンフィクションと、ローバー(探査車)が火星を走行するCGアニメーションのような再現を巧みに折り込み、感動的でエモーショナルなドキュメンタリーに仕上げている。
火星に到着したローバー(探査車)たちが荒野をちまちまと動き回る姿は愛らしく、なんだか小さな子どものように思えてくるから不思議。それはローバーを地球から見守るNASAの技術者たちも同じ。「任務の間に双子を妊娠していた」と語るローバー操作のドライバーもおり、深い思い入れとともにミッションに当たる。
けれど年数が経つと動きが鈍くなり、それは言うなれば人間の「老化」のようにも思えて…。スタッフの中にはそれを自身の祖母の介護と重ねる人もおり、ただの「ロボット」=無生物であるローバーに生命を見出し、心を寄せていく姿に、なぜ人類は見果てぬ宇宙に生命を夢見るのか? という答えが垣間見える。彼方の宇宙に思いを馳せながら、「人」を見つめるドキュメンタリーになっている点も秀逸だ。
さらに、NASAの伝統として火星日(SOL)にあわせて一日のはじまりに流す「目覚ましソング」の選曲もニクい。スピリットとの通信が途絶えた時にはABBAの「S.O.S」、オポチュニティが大規模な砂嵐にまみれた際にはビートルズの「Here Come The Sun」(日が昇る演出がこれまたズルい! 泣かせる!)など、プレイリストが欲しくなるほど完璧なチョイスだ。
『おやすみオポチュニティ』はAmazon Primeで配信中。
犯罪の全貌から見えてくる社会の闇
『サイバー地獄 n番部屋 ネット犯罪を暴く』
韓国全土を震撼させたデジタル性犯罪事件。その真相が暴かれるまでのジャーナリストの攻防と首謀者逮捕までの捜査の内幕に迫るNetflix作品。加害者たちの卑劣でおぞましい手口を明かすとともに、事件の詳細と解決までの道のりを追う。
映画などでも取り上げられる韓国のデジタル性犯罪だが、中でも悪質性とインパクトで世界的にも大きな衝撃を与えたのが「n番部屋事件」だ。
このドキュメンタリーでは、事件を報道したジャーナリストと捜査にあたった警察、そして最初に事件について取り上げた匿名の女性学生記者2人にインタビューを行い、事件の全貌を捉えていく。
報道によってその悪質性が公になると、犯人らは被害者の映像や画像を人質にとり「報道を止めないと公開する」などと報道関係者を脅し出す。やがて劇場型犯罪のような様相を帯びていく犯人との駆け引きはさながらスリラー映画のようだ。2020年に主犯格の男が逮捕されたが、一連の事件で140人が検挙されたとの報道もある。
何よりもやりきれないのが、ネットに拡散された画像や映像は簡単には削除できないということ。被害者たちの本当の「地獄」を思うと、犯人らへの怒りが収まらない。しかしそれで終わりではなく、本作ではこういった犯罪が起きる背景にも言及。最後に専門家が語る「被害者を非難しない」という二次加害を防止する重要性、「見る人がいるから動画が作られる」といった事件の構造についてのコメントは、セクシャルハラスメント等も含むあらゆる性暴力・性犯罪についても言えることだろう。被害を矮小化することなく、性暴力を許さない社会の実現のためにできることから始めたい。
本作は「倫理的再現」を念頭に実際の被害者に配慮し、再現映像は本作のために撮影された別の映像が使われ、アニメーションなどを使ってトラウマ的な表現はなるべく避けられてはいるものの、事件が事件だけに人によっては精神的に苦痛を感じる可能性がある。視聴には十分考慮願いたい。
『サイバー地獄 n番部屋 ネット犯罪を暴く』はNetflixにて配信中。
感動する、だけでいいの?
『特殊じゃない、異なりもしない、だれもが愛しいチャンピオン』
オーディションで選ばれた実際の知的障がい者たちを起用した、2018年のスペイン映画『だれもが愛しいチャンピオン』の舞台裏とキャストたちの日常をとらえたドキュメンタリー。撮影風景や家族へのインタビューなどから、彼ら一人一人のストーリーを捉えていく。
スペインで大ヒットを記録した『だれもが愛しいチャンピオン』は、不祥事を起こしたプロバスケチームのコーチが、社会奉仕活動の一環として知的障がい者チームを任されることとなり、個性的な面々とともにチャンピオンを目指す…というスポーツコメディ。コーチはチームのメンバーとの関わり合いの中で人間として成長し、勝敗ではない人生の価値を見出していく感動作だ。
映画に出演した10人の知的障がい者たちにフォーカスしたこのドキュメンタリーでは、監督のハビエル・フェセル、主演のハビエル・グティエレス(障がいを持つ子の親でもある)や映画のスタッフ、家族だけでなく、教師やケアの専門家など彼ら支援する人々にもカメラを向け、教育、就労、公的サービスなど障がい者を取り巻く社会的な問題点をも拾い上げていく。
本編を補完するという意味でも、映画に感動した人たちに是非見てもらいたいドキュメンタリー。
『特殊じゃない、異なりもしない、だれもが愛しいチャンピオン』はU-NEXTで配信中。
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戦場で生きる人々のリアル
『娘は戦場で生まれた』
シリア内戦下のアレッポ。ジャーナリストを志すワアドは状況を記録するために撮影をはじめ、やがて市内で医療活動を行う医師のハムザと出会い、2人の間に新しい命が宿る。戦場に残ると決めた夫婦は次々に運ばれてくるけが人の治療にあたるが、多くの血が流れても、砲撃がやむことはない。ワアドはそんな危険と隣り合わせの状況の中で出産し、生まれてきた娘のためにすべてを記録すると誓う…。
2022年の現在も未だ解決を見ないシリア内戦。本作は戦況が激化し始めた2012年からアレッポ陥落の2016年までを捉えたドキュメンタリー。空爆により人々が悲鳴をあげる様子、祖国への愛着を口にしながらも国外へ逃げなければならない悲しみ、廃墟となった街で暮らす子どもたち…戦場で生き抜くのではなく「生きる」人々のリアルが映し出されている。
その死も恐怖も、生々しく切実だ。しかし一方で人のたくましさもカメラは記録している。ワアドの娘サマが産声を上げる緊迫の出産シーンでは、そこが戦場であろうとも命は繋がれ育まれていくという、その尊い営みに心が震える。今なお世界中で繰り返される戦禍に思いをはせ、遠い異国に生きる我々に何ができるのか、深く考えさせられる。
2019年にカンヌ国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を受賞したのも納得の圧巻ドキュメンタリーだ。
『娘は戦場で生まれた』はU-NEXTほか各種配信サービスで配信中。
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