イ・サンという国王を主人公にした時代劇としてすぐに思い浮かぶのが、『イ・サン』と『赤い袖先』だ。『イ・サン』では、イ・ソジンが堂々たる姿で主人公を演じ、ひたむきに名君への道を歩む青年の成長物語が繊細に描かれていた。
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一方、『赤い袖先』は、イ・サン(演者イ・ジュノ)と宮女ソン・ドギム(演者イ・セヨン)の純粋で切ない愛の物語に焦点を当てていた。
こうした中で、今回は『赤い袖先』に登場した貞純(チョンスン)王后の描き方について取り上げてみたい。貞純王后は英祖(ヨンジョ)の二番目の妻である。この人は、本来なら、権力への欲望に満ち、王宮の奥深くで陰謀を巡らせる冷徹な女性であった。
しかし、『赤い袖先』においては、柔らかなイメージを持っていたチャン・ヒジンが貞純王后に扮していた。そして、ドラマの中で貞純王后が持っていた気品を丁寧に浮かび上がらせたのである。
それは、チャン・ヒジン自身が持つ穏やかで落ち着いた雰囲気が、貞純王后という歴史上の人物に新しい命を吹き込んだ、とも言える。まさに『赤い袖先』は、貞純王后に新たな解釈を与えた作品になった。
とはいえ、史実に目を向けると、貞純王后の姿はあまりに陰影に満ちている。

史実とは異なる独自の世界観
たとえば、英祖が思悼(サド)世子を米びつに閉じ込めて餓死させたという事件では、貞純王后が英祖に思悼世子の悪評を吹き込んで親子の対立を深めたとも言われている。また、1800年にイ・サンが突然この世を去ったとき、宮中では「貞純王后が毒を盛ったのではないか」という噂がひそやかに広まった。まるで深い霧に包まれたような謎が、彼女の名に付きまとっているのである。
『赤い袖先』は、そうした史実に潜む不気味な疑惑にはほとんど触れていない。いわば、史実とは異なる独自の世界観を紡ぎ出しているのだ。
つまるところ、『赤い袖先』における貞純王后の描き方というのは、「ドラマの演出意図と俳優の個性がいかに作品の印象を形成するのか」ということを端的に物語っている。
文=大地 康
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