10月5日、韓国ドラマ界に確かな足跡を残した故アン・パンソク監督の遺作となる新ドラマ『恋愛の博士課程』(Disney+で日本配信中)の放送がスタートした。
繊細なリアリズムと社会への鋭いまなざしを持ち味とし、独自の作風を築いてきたアン監督は、今年8月12日、脳出血の闘病の末、64歳でこの世を去った。7月に倒れた後は回復に向かっているとの知らせもあっただけに、突然の訃報は多くのドラマファンや放送関係者に大きな悲しみをもたらした。
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1987年にMBCドラマ本部のプロデューサーとして入社したアン監督は、アリストテレスの『詩学』などから影響を受けながら、細部まで丁寧に描き込むリアリティと、画面越しにも息遣いが伝わるような臨場感を追求してきた。華やかなファンタジーや劇的な展開に頼るのではなく、現実の中で生きる人々の感情や人生をありのままに映し出す。その積み重ねが、いつしか「アン・パンソク印」と呼ばれる唯一無二の演出スタイルを形作っていった。
監督が見つめたのは輝く「原石」
そんなアン監督の作品を語るうえで欠かせないのが、俳優たちの存在だ。彼のキャスティングには一貫した哲学があり、知名度やスター性よりも、まず演技そのものを重視していた。演劇の舞台などで長年経験を積んできた実力派俳優を積極的に起用し、まだ広く知られていなかった俳優たちに大きな役を託してきたのだ。

その結果、アン監督の作品からは数多くの俳優が飛躍していった。
キル・ヘヨンは『風の便りに聞きましたけど!?』『よくおごってくれる綺麗なお姉さん』『ある春の夜に』などに出演し、子どもの将来や条件に執着する現実的な母親を巧みに演じて強い印象を残した。ソ・ジョンヨンも『密会』『風の便りに聞きましたけど!?』などに続けて出演し、確かな演技力で存在感を発揮。「アン・パンソク軍団」を代表する俳優の一人として、多くの視聴者に知られるようになった。

チャン・ソヨンもまた、アン監督と6作品をともにした俳優の一人だ。作品の中で派手に目立つわけではなくても、物語にリアリティを与え、登場人物たちの日常を支える重要な存在として印象を残してきた。
アン監督自身、生前のインタビューで彼らについて「私が機会を与えたのではなく、彼らはもともと完成された俳優であり、むしろ私が助けてもらった」と語っている。俳優を“発掘した”というより、一人ひとりがすでに持っていた才能を見つめ、その魅力が最も自然に伝わる場所を用意した――。そんなアン監督の姿勢が、この言葉からも伝わってくる。
チョン・ヘイン、ウィ・ハジュンらスターを生み出した審美眼
アン監督が見出した俳優たちの中には、後に韓国を代表するスターへと成長した俳優もいる。その代表格がチョン・ヘインだ。

チョン・ヘインは『よくおごってくれる綺麗なお姉さん』(2018年)でソン・イェジンの相手役を演じ、一躍「国民的年下男子」として注目を集めた。さらに翌年には『ある春の夜に』で主演を務め、アン監督の作品を通じて続けてロマンス作品に出演。自然体の演技と柔らかな魅力で、多くの女性視聴者の心をつかみ、トップスターへの階段を駆け上がった。

ウィ・ハジュンもその一人だ。『よくおごってくれる綺麗なお姉さん』ではソン・イェジンの弟役として出演し、視聴者に顔を知られるようになった。その後、2024年の『卒業』では男性主人公イ・ジュノ役を務め、ロマンス作品を牽引する俳優として存在感を示した。
こうして振り返ると、アン監督が作品を通じて残したものは、名作そのものだけではない。まだ知られていなかった俳優の魅力を引き出し、彼らが次のステージへ進むきっかけを作ったこともまた、アン監督の大きな功績の一つと言えるだろう。
代表作に見るアン・パンソク監督の美学
アン監督の作品には、派手な事件が起こらなくても、なぜか目が離せなくなる瞬間がある。その理由の一つが、何気ない日常の中にある感情を丁寧にすくい上げる演出だ。
「ご飯食べた?」という何気ない一言が、時には家族の深い愛情を伝えるように、アン監督は日常の会話や食卓の風景、仕事場で交わされる短いやり取りの中に、登場人物の感情や社会が抱える問題を織り込んできた。大きな言葉で説明するのではなく、何気ない仕草や視線、沈黙によって人物の心情を伝える。それこそが、アン監督が長年追求してきたリアリズムだった。

その美学が鮮明に表れている作品の一つが、『密会』(2014年)だ。上流階級の偽善や不条理を背景に、不倫という大胆な題材を描きながらも、クラシック音楽や自然光を生かした抑制の効いた映像によって、作品に独特の緊張感と余韻をもたらした。
そして、多くの視聴者の記憶に残る『よくおごってくれる綺麗なお姉さん』(2018年)では、30代の男女が経験する恋愛と仕事、家族との関係を、過剰な演出やファンタジーに頼らずリアルに描いた。印象的なOSTに加え、生活の中で聞こえてくる音まで自然に取り入れることで、登場人物たちの世界をより身近なものにしている。

アン監督が描いてきたのは、特別な人々の特別な人生ではない。恋をし、仕事に悩み、家族とぶつかり、ときには傷つきながら、それでも日々を生きていく人々の姿だった。
だからこそ、彼の作品には時間が経っても色あせない魅力がある。華やかな演出で物語を飾るのではなく、人と人との間にある感情を丁寧に見つめ、何気ない日常の中にあるドラマをすくい上げる。その積み重ねが、「アン・パンソク作品」という一つのジャンルを作り上げたのかもしれない。

遺作となった『恋愛の博士課程』もまた、そんなアン監督が最後に残した物語の一つだ。作品を通して描かれる若者たちの恋や葛藤を見つめながら、その背景にある監督のまなざしに思いを馳せると、これまで彼が届けてきた数々の作品が、より特別なものに感じられるだろう。
アン・パンソク監督がカメラを通して見つめ続けたのは、どこにでもいる人々の、かけがえのない人生だった。その温かなまなざしと、そこから生まれた俳優たちの輝きは、監督がこの世を去った後も作品の中に息づき、これからも多くの人々の心に残り続けるに違いない。
(文=韓ドラLIFE編集部)
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