「私はコンプレックスの塊です」キム・ギドク監督『絶対の愛』インタビュー
1996年に『鰐(原題)』でデビューしてから精力的に作品を作り続けているキム・ギドク監督。そのデビュー作は、そのあまりにも衝撃的な内容に「批評家が100人いたら、そのうちの2人だけが評価してくれる、というような映画でした」と自らデビュー作を振り返る。「その『鰐』以降、私が作る映画は危険な映画だという烙印を押されたような感じになっていました。その後、『悪い女 青い門』('98)、『魚と寝る女』('00)などを作ってからは完全に悪い監督と言われていました。『悪い男』('01)が公開される頃には、これ以上私の映画に関心を見せないという人がたくさんいました」
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日本で彼の作品が初めて紹介されたのは4作目となる『魚と寝る女』。まだ韓流ブームの兆しも見えるか見えないかくらいの頃だったが、それでもその衝撃的な映像にショックを受けた。美しい映像の中にひそむ“痛み”を感じ、観ていられない気持ちになったことも覚えている。
「『鰐』を評価してくれた2人の評論家の内、1人は『CINE21』という雑誌の編集長になり、もう1人は韓国で著名な映画評論家になった、チョン・ソンイルさんという方です。その2人は今まで作った13本全てを支持して下さっていて、次回作も期待して待ってくれています。私はその2人に映画を辞めろと言われたら辞めるつもり」と語る監督。では今回の『絶対の愛』についての、その2人の評価はどうだったのだろうか?
「“依然として発展し続けているキム・ギドク監督の発展の終わりはどこにあるのだろう”と。2人は『うつせみ』の時に、僕がやれることは全部やってしまったんじゃないかと思っていたそうなんです。でも今回また新しいものを見せてくれた。この作品の韓国語のタイトルは『時間』というのですが、とても抽象的というか包括的な概念である“時間”を映画の中で上手く観せてくれた、と言ってくれました」
そう。この作品の原題は『Time』。時間が経つにつれて、相手の自分に対する愛が変わってしまう、薄れてしまうのではないかと心配し、それ故に整形して別の女性として愛する彼の前に現れる女性が主人公だ。日本と違い、韓国では整形はタブーではなく、美しくなるための手段の一つとして受け入れられている。
「確かに整形手術というのが題材としてありますが、直接的なテーマではありません。あくまでも私は“愛”を描きたいと思っていて、その手段の一つとして整形を取り入れたんです。つまり、顔が変わったら愛も変わるのだろうか、あるいは愛というものは永遠のものなのだろうか、という問いかけをしたかった。ですから、これは整形に対するアンチテーゼですよ、とか整形を擁護するものですよ、のどちらでもありません」
「一つの国の中でたくさんの人が観るんじゃなくて、それぞれの国に適度にファンがいるというのが私の映画ですね(笑)」と自ら言うように、彼の作品は言ってみれば、ごく一部の人に受け入れられるようなある種、マニア的な要素がある。
「世界各国にそういった私の映画を観てくれる市場、いわばマーケットのようなものが出来ているような気がします。ですので、自分の映画が海外で上映されることで、まぁ、たくさんのお金が入ってくるわけじゃないのですが(笑)、かき集めれば低予算の映画、また1本作れるくらいは入ってきます。それは本当に幸せなことだと思っています」とにっこり笑う。普通であれば、できるだけ多くの人に観てもらいたいと思うのではないだろうか。
「ある日突然、一千万人くらいの人が私の映画を観る、といったようなことが起こってしまうのが一番怖いですね。そうなってしまうと私が元々持っていた映画を作ろうとする精神というか、志みたいなものを捨てて、本当に必要のない映画を撮るような人間になってしまうような気がします。映画というのはコミュニケーションであって権力になってはいけないと思うんです。そして映画が世界を変えてもいけないと思います。ですから私の願いは自分の映画がある人にとってお医者さんのような役割をすること。生きることが辛いと思っている人にエネルギーを与えるような映画であって欲しいと思います」。確かに日本でもキム・ギドク監督のファンが多いとは言い難い。それでも、彼の作風や彼が映画で見せてくれる世界を好む人たちは少なくないのだ。
「私はコンプレックスの塊です。そして世の中には大きな矛盾がたくさんあると思っているので、映画を通して一つ一つ、この矛盾は何ですか?ということを問いかけていきたいと思って映画を作っています。時には階級の差だったり、時には戦争だったり、大きなことから小さなことまでいろんな疑問がありますね。ですので、自分の目線と疑問との間に距離があったら、それを縮めたいんです。例えば、日韓でサッカーの試合があるとしたら、まず韓国に1ゴール入って欲しいと思います。少し経つと日本に1ゴール入れて欲しいと思います。そして後半になったらそれぞれまた1ゴールずつ入れて、最後は引き分けで終わって欲しいと思うんです(笑)。途中で急に雨が降ったり、雪が降ったりしてゲームが中断して欲しいと思ったりもします。そういったことが私の映画作りです」
分かるようで分からない。そして分からないようで分かる気がする。そんな監督の映画哲学でインタビューは締めくくられた。この後監督は『どろろ』と『さくらん』を観に行ったそうだ。今後も発展し続けるに違いない彼の想像力に、この邦画2本はどう見えただろうか。また会う機会があれば、じっくりと聞いてみたい。
《シネマカフェ編集部》
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