【シネマモード】これが現実!? 『理想の出産』
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そこでご紹介したいのが、ロマンスの一つの結果である妊娠・出産・育児の、理想と現実が描かれている映画『理想の出産』。この作品は、前回ご紹介した『恋愛だけじゃダメかしら?』のフランス版のような作品とも言えるでしょう。
原作者は、神学ミステリー「クムラン」シリーズなどで人気の小説家、エリエット・アベカシス。出産、育児支援制度が充実していて出生率も決して低くないフランスでさえも、母親にかかってくる精神的、肉体的負担は並大抵ではないそうで、それを実感した彼女が自らの体験を基に本を執筆。愛し合う大学院生のバルバラと、映画とゲームを愛するイケメン・オタク青年ニコラの変化と成長を描いた本作は、ベストセラーとなりました。
その映画版『理想の出産』に描かれている真実は、“妊婦=幸せ”の象徴という構図とは程遠いもの。妊娠してから、バルバラの生活は変化の連続です。お酒もタバコもダメ。チーズも卵も、お肉もNGなんて、フランス人にしてみれば「どう暮らせばいいの?」といったところでしょう。さらに、つわりはひどく、お腹が大きくなればベッドから起き上がるのもひと苦労。今後の進路を決める博士論文の締め切りが迫っているというのに、PCにもまともに向かえずじまい。しかも、出産すれば赤ん坊は泣きまくり、眠るのもままならず、友人と出かけるのはおろかゆっくり話もできません。汚れたTシャツすら着替えるのが面倒に。夫婦の時間もゆっくりとれず、セックスも気が乗らず、泣き止まない子供の声でノイローゼ寸前。まるで囚われの身になったかのようで、イライラすればニコラに当たり散らすのですから、夫婦の関係も当然ながら悪化していくのです。なんだか最悪なことばかりのようですが…。
子供を持つと言うことは、それらを帳消しにするような素晴らしいことには違いありません。でも、目の前に困難があれば、ついそちらに気を取られるのが人間というもの。母親である前に、人間としての匂いを醸し出すバルバラの姿に、真実の迫力を感じるのです。
つまり、理想の前に現実があるというわけなのです。実は、日本語タイトルにある『理想の出産』は、ちょっとアンチテーゼ的な意味合いもありそう。“理想”というのは、誰にとっての理想なのか。理想にこだわるあまり、ほんとうに大事な何かを忘れてはいないのか…などなど。実は、ヒロインの友達が、育児で精神的にも肉体的にも追い詰められたバルバラに「どうして早く言ってくれなかったの」と言うシーンが出てきます。それに対してバルバラは「ママは幸せでなくちゃ。文句を言うなんて失礼だわ。子を授かるのは尊いことだもの」と答えるのですが、それに対して友人が「それは理想論よ」と言ったことが印象的でした。
本作では、妊娠中にどんよりとした気分の主人公が、ファッション誌「ELLE」に掲載されたレティシア・カスタの美しいマタニティ・グラビアをぼんやりと眺めるシーンも登場します。何気ないシーンですが、これがまさに象徴的。こちら側とあちら側。虚構と事実。理想と現実。とかく人は、良きものの方に近寄りたくなるものですからね。
それにしても、なぜこの頃、“赤裸々マタニティもの”が増えてきたのでしょう。世界的に、幸せそうに子育てをし、母、女、キャリアウーマンと、一人何役もこなしつつ、いつまでも美しくあるなどという、とてつもなく難しそうなことをひょいひょいやってのけている美魔女たちがゴロゴロいる時代。となれば、“幸せであるべき”母たちの真実は、よりいっそう理想論で閉じ込められがちです。そんな綺麗ごとに、母たちが反旗を翻えし、これが現実なのだと声を上げ始めたというところなのかもしれません。「誰も教えてくれなかった」と、これ以上後輩たちが嘆く前に。
周囲の期待と誤解、理想論の数々がどれだけ母たちを苦しめているのでしょう。もちろん、幸せいっぱいというラッキーな女性もいるでしょうが、こうあるべきだという姿を守ろうと、誰にも本音を語ることをせず、もがき苦しんでいる母たちには、「それはあくまでも理想論だから気にしないで!」、そう言ってあげたいものです。
コメディタッチで描かれているパートあり、妙にリアルで切ないパートありと、絶妙な悲喜のバランスをもって母の真実が描かれている本作ですが、実用的なだけでなく、結局はロマンティックな印象の残るとても美しい一篇のラブストーリーに仕上げているあたりはさすがフランス。映画好きにはたまらないネタや演出が散りばめられているところも、映画ファンには嬉しいところ。この作品、単に“出産もの”だから自分には関係ないかもという理由だけで見逃してはもったいないですよ。
© 2011 MANDARIN CINEMA–GAUMONT–RANCE 2 CINEMA–SCOPE PICTURES-RTBF
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