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【シネマモード】大切なものは“不変” ファッションも、人生も『BPM』

1980年代に、世界情勢をある程度認識できる年齢になっていた多くの者にとって、HIVの問題はとてもショッキングでした。あの時代の不穏な空気を、私はいまでも覚えています。

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『BPM ビート・パー・ミニット』 (C)Celine Nieszawer
『BPM ビート・パー・ミニット』 (C)Celine Nieszawer 全 11 枚
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1980年代に、世界情勢をある程度認識できる年齢になっていた多くの者にとって、HIVの問題はとてもショッキングでした。

80年前後、同性愛者を中心に謎の病にかかる人が増え、それはどうやらウィルスであり、不治の病であるというのです。情報はどれも不確実で、恐怖をあおるものばかり。しかも年々患者は急増し、恐ろしいうわさばかりが広がる状況に、世界は震えていました。あの時代の不穏な空気を、私はいまでもしっかりと覚えています。

『BPM ビート・パー・ミニット』 (C)Celine Nieszawer『BPM ビート・パー・ミニット』(C)Celine Nieszawer
にもかかわらず、セレブリティを含む感染者や死者が多かったアメリカをはじめ、各国は十分な対策を取っていませんでした。なぜなら、患者にゲイ、麻薬中毒者、娼婦ら社会的に差別される者たちが多かったから。それは、映画『BPM ビート・パー・ミ二ット』の舞台となっているフランスも同じ。

ウィルスはHIVと名づけられ、感染者がAIDS(後天性免疫不全症候群)と呼ばれる病に罹患することが分かった1982年以降も事態はさして変わらず、1996年まで効果的な治療方法も見つかっていませんでした。

『BPM ビート・パー・ミニット』 (C)Celine Nieszawer『BPM ビート・パー・ミニット』(C)Celine Nieszawer
『BPM ビート・パー・ミ二ット』は、極めて閉塞した状況にあった1990年代初めのパリで、偏見や差別と闘いながらも、政府や製薬業界、社会の意識を変えるために抗議行動を繰り広げた活動団体「ACT UP-Paris」の運動と、そのメンバーたちを描いた物語。

実話を基にした作品だけに、進行する病を抱え、迫りくる死の恐怖に直面しながらも、それを原動力に過激な活動を繰り返すメンバーたちの姿は、焦燥感でひりつくよう。HIV/AIDSという見えない敵との戦いは、彼らへの偏見や差別をあおり、問題を真剣にとらえようとしない“卑怯者”たちとの戦争でもあったのです。

『BPM ビート・パー・ミニット』 (C)Celine Nieszawer『BPM ビート・パー・ミニット』(C)Celine Nieszawer
いまでこそ、治療薬や治療方法が発見され、HIVに感染してもきちんと治療しさえすれば、死に至ることはなくなりました。でも、それは患者やその家族、彼らの置かれた状況を問題視する人々が、仲間の死という多くの犠牲を払いながらも勝利をもぎ取ったから。

彼らが手にしたのは、捨て置かれず、きちんと社会の中で生きていく権利。どんな人生を送っていても、命をないがしろにされない権利。誰かを差別している社会は、もっともらしい理由さえあれば誰でも差別されかねない社会です。それを知る「ACT UP-Paris」メンバーたちがミーティングで行っていた議論の様子を知ることは、自分がどう扱われるべきかという基本的人権を認識するうえでも、とても有意義なのです。

『BPM ビート・パー・ミニット』 (C)Celine Nieszawer『BPM ビート・パー・ミニット』(C)Celine Nieszawer
当時を知らない読者には、驚く事実ばかりかもしれませんが、登場人物たちのファッションがキュートな90年代スタイルで親しみを感じられるものなので、そこをきっかけにメンバーたちに感情移入できるかもしれません。ファッションのサイクルは20年とも言われますが、28年前のパリの若者ファッションだって、いまのトレンドと通じるものがあるのです。今年流行しているフライトジャケットやデニムジャケット、グラフィックTシャツなどが登場しているせいか、この出来事が、いまどこかで起きているかのようにヴィヴィッド。

パリの若者たちが、そもそもベーシックなアイテムを愛用し、あまり流行に左右されない傾向にあるからでしょうか。30年も前に生きた人々の物語であっても、時代を感じさせないのです。

『BPM ビート・パー・ミニット』 (C)Celine Nieszawer『BPM ビート・パー・ミニット』(C)Celine Nieszawer
同じように人を愛し、死を恐れ、自分のそして不当に扱われる者たちのために立ち上がる。そんな彼らのひたむきさは、大切なことは不変であるということを改めて認識させてくれています。そんな若者たちの懸命な生き様を辿るからでしょうか。143分という時間は、決して飽きることがなく、濃厚で刺激的で悲しいけれど美しい。あなたにとって、人生を愛おしむきっかけに、きっとなってくれる作品です。

《牧口じゅん》

映画、だけではありません。 牧口じゅん

通信社勤務、映画祭事務局スタッフを経て、映画ライターに。映画専門サイト、女性誌男性誌などでコラムやインタビュー記事を執筆。旅、グルメなどカルチャー系取材多数。ドッグマッサージセラピストの資格を持ち、動物をこよなく愛する。趣味はクラシック音楽鑑賞。

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