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自伝映画ではない、“個人的な映画”としての『マリッジ・ストーリー』

「マリッジ・ストーリー」が今季の賞レースにおける注目作なんて、何だか不思議な気がする。それはこの映画がベリー・ノア・バームバックとしか言いようがないものだからだ。

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Netflix映画『マリッジ・ストーリー』
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《text:山崎まどか》

『マリッジ・ストーリー』が今季の賞レースにおける注目作なんて、何だか不思議な気がする。それはこの映画がベリー・ノア・バームバックとしか言いようがないものだからだ。

すなわち、1.ノア・バームバック自身のライフ・ストーリーを感じさせるものであり 2.ニューヨークの映画人らしい嗜好に溢れた映画であり 3.とても“個人的”な作品。ノア・バームバックは自身の体験から映画の題材を紡ぎ出すが、監督自身の弁によると、彼の映画は「自伝的ではないが個人的」な作品だという。バームバックの映画を追うことは、彼の人生の出来事を追体験するのと同時に、彼の物語の中に自分の体験を見出すことだ。

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まずは1.“ライフ・ストーリー”から『マリッジ・ストーリー』を見てみよう。前作『マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)』(2017)には、2019年の3月に亡くなった父ジョナサン・バームバックを入院させた時のことがフィードバックされていたが、今回はアダム・ドライバー演じる演出家のチャーリーとスカーレット・ヨハンソン扮する女優ニコールの関係に、かつて夫婦だったノア・バームバックと女優ジェニファー・ジェイソン・リーを重ねる人も多いだろう。二人は2013年に離婚している。

チャーリーの劇団を看板女優として、そして妻として支えてきたニコールは、かつてはハリウッドで学園映画のスターだった。映画内に登場するニコールの主演映画はいかにも90~00年代の学園コメディという感じで、彼女はそこのパーティ・シーンでいきなりシャツを脱いで上半身ヌードになり、話題を集めたという設定だ。ジェニファー・ジェイソン・リーのブレイク作だった『初体験リッジモント・ハイ』(1982)を思い起こさせる。

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ニコールはチャーリーと彼の劇団から離れ、古巣のハリウッドでSFドラマのパイロット(試作)制作に参加する。その前に出演していたチャーリーの舞台では、彼女は黒子のような俳優たちに手足を操られて演技していた。自分のキャリアを築くのではなく「夫の才能に寄与してしまった」というニコールの言葉を裏付けるような演出だ。しかし、彼女が自分で選んだはずのSFドラマでも同じことが起こる。グリーンバックの中で、SFX用に様々な仮面を着けて撮影される彼女はやはり操り人形のようだ。植物に世界を乗っ取られるというこのドラマの内容自体が、リーの出演した『アナイアレイション-全滅領域-』(2018)を思わせる。バームバックらしい皮肉が見え隠れする。ここに2.“ニューヨークの映画人”としてのバームバックの要素もある。

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愛する人が去っていた先のロサンゼルスに対するニューヨーク派の複雑な思いを描いた作品といえばウディ・アレンの『アニー・ホール』(1977)だ。『グリーンバーグ』(2010)で既に“ニューヨーク派のロサンゼルス映画”を撮っているバームバックだが、今回はアレンもその影響下にあるイングマール・ベルイマンへのオマージュが見られる。クローズアップの多用がベルイマンの『仮面/ペルソナ』(1966)の影響から来ているのはバームバック本人も認めているし、何よりクライマックスのチャーリーとニコールの激しい口論のシーンに、ベルイマンの『ある結婚の風景』(1973)の第三部に出てくるエルランド・ヨセフソンとリヴ・ウルマンのシーンが重なる。チャーリーとニコールが息子とベッドに寝ているシーンのショットは『ある結婚の風景』だけではなく『ファニーとアレクサンデル』(1982)も思わせる。

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もう一つ、ニューヨークらしい要素といえばスティーヴン・ソンドハイムのブロードウェイ・ミュージカル「カンパニー」の曲の使用だ。ニューヨークで35歳の誕生日を迎える独身の主人公をめぐる、様々なカップルの矛盾や関係の破綻を描いたこの作品からの二曲「You Could Drive A Person Crazy」と「Being Alone」が歌われるシーンはこの映画のハイライトとなっている。余談だが、今年は『ジョーカー』に「リトル・ナイト・ミュージック」から「哀しきクラウン」、『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』に「フォリーズ」から「Losing My Mind」が使われるなど、ソンドハイムの年だった。

そして3.。『マリッジ・ストーリー』はバームバックの作品で最も“個人的”といえる『イカとクジラ』(2005)と呼応する。それぞれ破綻していく家族の物語だが、『イカとクジラ』の基になっているのはバームバックの父母の離婚であり、今回は彼自身の体験だ。映画の冒頭近くに置かれた短いテニスのシーン、猫の存在、「日常的だが映画に出てこない身振りを入れたかった」という『イカとクジラ』のローラ・リニーがくちびるの皮を剥く場面と、ニコールが弁護士に二人の経緯を語る長回しのシーンで、さりげなく彼女がバッグからリップクリームを出して塗るポイント。様々なシンクロがある。しかしチャーリーは喧嘩の最中にニコールにこう怒鳴る。「父親と俺を比較するな!」

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かつて子供として見ていた父母の問題が、今度は彼自身のものになった。その描き方に、子供の側に心を寄せた青年から、中年になったバームバックの成熟が見られる。その成長は彼の経験から来たものだが、バームバックのことを知らなくても、とても“個人的な体験”として観客に響くような傑作を撮る力をもたらした。『マリッジ・ストーリー』はバームバックの醍醐味が詰まっている、彼の最高傑作だ。

Netflix映画『マリッジ・ストーリー』は12月6日(金)よりNetflixにて独占配信中。

《text:山崎まどか》

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