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ビン・リュー監督は8歳になるまでに、中国からアラバマ州、カリフォルニア州と転々とし、働き口を見つけた母と共に移り住んだのが、本作の舞台でもあるイリノイ州ロックフォードだった。ロックフォードは、2013年の米紙「フォーブス」の発表した“全米最も惨めな都市ランキング20”で3位、2019年「ウォール・ストリート」が発表した“全米最も危険な都市ランキング25”で8位になるほどの治安の悪い地域。
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20世紀初めから70年代にかけて栄えていた鉄鋼や石炭、自動車などの産業がグローバル化が進み、金融やITにとって変わったことで衰退し、アメリカの繁栄から完全に見放された「ラストベルト(錆びついた工業地帯)」に位置する街のひとつでもある。環境の不安定さはそこに住む人たちの心も蝕み、犯罪や暴力、薬物が日常的に横行する場所でもある。
この場所で、ビン監督の母は暴力を振るう男と結婚し、彼もまた義父から言われのない暴力を受けることになった。やがてビン監督はスケートを始めたことで、滑る場所、仲間が彼にとっての拠り所で家族となり、そしてスケートでつけた傷の痛みが 彼自身をコントロールする術となっていった。劇中に登場するキアーや、ザックもそれぞれに問題を抱えた家庭で暮らしていたことで、同じように自然と仲間となった。
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ビン監督はインタビューで「自分には他の人と比べてスケボーの才能がなかった」と語っている。その代わりに、仲間の姿を撮りためた大量のスケートビデオがきっかけで映像に興味を持つようになり、19歳の時にシカゴに引っ越し、フリーランスの撮影助手として活動。23歳で国際映画撮影監督組合に入り、ジョン・トール、マシュー・リバティーク、ウォーリー・フィスターなどの巨匠撮影監督のもとで劇映画やテレビシリーズの撮影部で働くことになった。
初監督作の題材として、昔のビデオの中に映るキアーやザックの父親との確執にテーマをおくことにしたビン。さらに、撮った映像を見返し編集する過程で、2人の姿に自身の義父との関係と同じものを見つけた彼は、友人2人に焦点をおきながらも自身も映画の中に登場させることを思いついた。こうしたビン監督の活動に数々の若手ドキュメンタリー作家を輩出するカルテムキン・フィルムが協力し、何度も編集を重ねて本作が完成したのだ。
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今作は当時28歳の若手ドキュメンタリー作家の初監督作として脚光を浴び、さらに類い稀なポテンシャルで第91回アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門ノミネートを果たした。アカデミー賞受賞式の日、ビン監督と、キアー、ザックはタキシードに身を包み再会。心が壊れそうな経験をしながらも、自身の過去や仲間の苦しみと向き合い、それを世界が唸る傑作として発表したのが本作、ということになる。
『行き止まりの世界に生まれて』は9月4日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国にて順次公開。