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【インタビュー】『ドライブ・マイ・カー』字幕翻訳・礒崎美亜、映画の世界に没入させる英語字幕ができるまで

『ドライブ・マイ・カー』の英語字幕翻訳を手がけたのは、字幕翻訳に従事して25年以上の礒崎美亜さん。観客の心を捉えて放さない英語字幕ができるまでの裏側を語っていただいた。

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『ドライブ・マイ・カー』(C)2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会
『ドライブ・マイ・カー』(C)2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会 全 17 枚
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世界中の映画祭や映画賞で受賞を重ね、今月27日(現地時間)に発表される第94回アカデミー賞でも日本映画初の作品賞、脚色賞ほか、監督賞、国際長編映画賞と計4部門にノミネートされている濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』。この評価の高さは国境を越えて作品の強さやメッセージが伝わったことの証しであり、それらは英語字幕を介して届けられている。

2年前には、韓国映画『パラサイト 半地下の家族』の北米ヒットの裏に、韓国独特の単語を巧みに英訳した字幕の妙があることも話題になったが、日本映画がより多くの人の目に触れるための英語字幕の重要性は、動画配信サービスの普及等もあり、ますます高まっていきそうだ。

『ドライブ・マイ・カー』の英語字幕翻訳を手がけたのは、字幕翻訳に従事して25年以上の礒崎美亜さん(正しくは、「崎」は「たつさき」)。劇中劇、多国籍の俳優による多言語での掛け合いなど、本作のセリフは多様で情報量が多い。そのうえ、上映時間は2時間59分。観客の心を捉えて放さない英語字幕ができるまでの裏側を語っていただいた。

――英語への翻訳というと、日本語ネイティブにはハードルが高いイメージがあります。礒崎さんは英語圏での暮らしが長かったのですか?

生まれは東京なのですが、6歳から15歳頃までアメリカで暮らしていて、大学時代にも2年間カナダで過ごしました。「どのくらい英語が話せるの?」とよく聞かれるのですが、「今、行っているこの会話を、日本語と変わらない感覚でできます」と答えています。

――早速『ドライブ・マイ・カー』の話をうかがっていきます。英語への翻訳に、濱口竜介監督はどのくらい関わられたのですか?

事前の指示や要望などは特にありませんでした。監督には初稿が整った段階で字幕原稿を提出し、細かいニュアンスのチェックーー例えば、私が使った英語の表現の確認だったり、私が映像を見ただけでは拾いきれなかった部分の表現だったりーーをいただいて、修正するという作業を行いました。

――監督からのチェックは多かったですか?

濱口監督は、そうでもないんですよ。中には、びっしりチェックを入れて戻してくる監督もいらっしゃるのですが、濱口監督は本当に、要所要所の細かい表現の確認だけでした。『寝ても覚めても』でも英語字幕を担当させていただいたのですが、その時も同様だったと記憶しています。

『ドライブ・マイ・カー』では、クライマックス部分のひとつ、家福(西島秀俊さん)とみさき(三浦透子さん)の2人のシーンで、たとえば「家福は、ここの時点で気づいているから時制を変えてほしい」など時系列に関する細かい指摘があったりしましたが、あとはそれほどなかったですね。

――韓国、台湾、フィリピンなどさまざまな所から俳優が参加する多言語演劇が大きな要素です。手話も加わって9言語が飛び交う作品になっていますが、字幕の出し方にご苦労はありましたか?

1つ1つ言語を識別できるようにすべきなのか、もし、そうするとしたら、どういう形で表示しようかなど、初稿の段階でいろいろと考えました。でも、字幕そのものの情報量が多くなると、観客は内容から気がそれてしまいます。結局、「ここは外国語で話している」と分かる程度の情報量でいいということにして、シンプルに日本語以外の言語はすべて括弧でくくりました。手話の部分は斜体にしています。

――劇中劇の感情を乗せない本読みのシーンのような淡々としたセリフや、書き言葉っぽいセリフが多い作品ですよね。英語字幕には、あのようなトーンも反映させたのですか?

喋っているトーンを出すことは意識していなかったですね。あくまで内容がちゃんと伝わるかということだけを考えました。

字幕翻訳者がこういうことを言うのもあれなのですが、字幕って、本当はない方がいいじゃないですか? 字幕なしで伝わるなら、それが一番。でも、字幕を付ける以上は“透明”になるようにする。そこに出ていることを忘れるような感じになるよう意識する。それは、この作品に限らず、常に心がけていることです。

また、別の作品のプロデューサーに言われたことなのですが、母語が英語ではない人も見るので、内容から大きく乖離しない限り、できるだけ簡単な言葉で訳すことを心がけています。例外として「すごく知的レベルの高いキャラクターなのに簡単な言葉ばかり使っている」みたいな字幕は変ですけど、できるだけシンプルな言葉、わかりやすい言葉を使いますね。

――劇中劇の形で、「ゴドーを待ちながら」「ワーニャ叔父さん」という2つの戯曲のセリフが重要な役割を果たします。英語翻訳はオリジナルですか?

「ワーニャ叔父さん」はもともとロシア語の戯曲で、その英語訳は既にパブリックドメインになっているのでネットなどにも出ているのですが、字幕的にそのまま使うわけにいきません。長さを調整した上で、きちんと内容が伝わるようにする修正や編集などを行う必要がありました。古い作品なので、現代語とは少し違う感じになるようにも心がけましたね。

「ゴドーを待ちながら」は、オリジナルがフランス語で、劇作家の(サミュエル・)ベケット本人が英訳しているんです。その権利がまだ切れていなくて、許可をとった上で使用しているので、元の英訳をカットしないよう頑張って字幕に入れ込みました。

――人間の心理に迫る、意味を含んだセリフが多いですよね。翻訳は難しかったのでは?

こんなことを言うと怒られるかもしれませんが、面白い映画って、訳していて面白いんですよ。後出しジャンケンみたいな言い方ですけど、この作品は最初に見た時から、「すごいな」「いいな」と思ったので、翻訳は面白くて、そんなに苦労してないというか……(笑)。

当然、私が見て分からない映画は訳せません。だけどこの映画は心にすごく響いたので、「こういうことが言いたいんだな」「こういう英語にすればいいんだな」という感覚が、たまたま当たったという感じです。

――私も字幕翻訳をすることがあるのですが、脚本に破綻があると訳しづらいと感じます。優れた脚本は訳しやすい、と言えるのかも……。

そうですね。脚本が詰められていないと意味が分からなくて苦労します。例えば、リアクションがすごく唐突だったり、「なぜ、そこでそんなことを言うの?」という流れになったりすると、なんと訳せばいいのかすごく悩みますね。『ドライブ・マイ・カー』のように、脚本や俳優の演技がちゃんとしていて、なぜそれがそうなっているのか、きちんと分かる作品は訳しやすいです。

――第94回アカデミー賞の結果も楽しみです。ノミネートを聞いた時の気持ちはいかがでしたか?

本当に「ほっとした」というのが感想です。作品の持つ力が伝わったんだなという安堵ですね。

私はただ、作品が持っているものを、そのまま英語にしただけです。決して私がものすごく優秀な翻訳者であるということではなくて、そこにあるものを、そのまま英語にしたら、それがうまく伝わったというだけのこと。すべて作品が持っている力だと思います。

《新田理恵》

趣味と仕事が完全一致 新田理恵

大学卒業後、北京で経済情報誌の編集部に勤務。帰国後、日中友好関係の団体職員などを経てフリーのライターに。映画、女性のライフスタイルなどについて取材・執筆するほか、中国ドラマ本等への寄稿、字幕翻訳(中国語→日本語)のお仕事も。映画、ドラマは古今東西どんな作品でも見ます。

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