<以下、映画中盤以降のネタバレを含んだ内容となります。未見の方はご注意ください>
映画を通じてそれまでの“常識”を疑う
――映画の公開と重なるタイミングで、同性婚の法制化についての議論が巻き起こっています。劇中でも浩輔の友人が婚姻届けを手にする描写などが出てきますが、例えば浩輔と龍太の関係性も、男女の関係性であれば、婚姻によってカップルが経済的な部分も含め、互いを支え合うというのはごく当たり前のこととして受け止められていたかもしれません。本作への出演を経て、いま、社会で議論されていることに対して、どのような思いを抱いていますか?
原作者の高山真さんのエッセイなどを読ませていただくと、果たして彼らの関係性で「結婚」まで至ったかは分かりません。もしかしたら結婚していたかもしれないし、たとえ同性婚が法制化されていたとしても、そうはならなかったかもしれない。そこは彼らだけにしか分からない部分ですので。
ただ、僕がこの作品で演じていてつらかったのは、お葬式のシーンで、あんなに愛し合っていたのに、なぜ浩輔は堂々と龍太の“恋人”としてお母さんを慰めてあげられないのか? 親族側とは言わないまでも、関係者として参列できないのか? そもそも、当日に病院に駆けつけて慟哭することだってできたかもしれない。
葬儀のシーンでも、浩輔は絶対に恋人であったとバレちゃいけないので、さっと済ませて早く帰らなきゃいけない。

――泣き崩れながらも「大丈夫です! 大丈夫です!」と気丈にふるまおうとする姿に胸が締めつけられます。
自分が泣き崩れたことで関係がバレたとしたら、どれほど周りに迷惑をかけるのか? でも、それってとても悲しいことですよね。一番大切な人が死んでしまって、それでもお葬式で「周りに迷惑をかけちゃいけない」と思うのは。
同性婚や法律的な部分での整備に関して、僕は進めるべきという意見ですが、それと同時に自分たちの意識を変えていくことも大切だなと感じています。いままで育ってきた環境で身に着けた“常識”と言われるものだったり、価値観を自分で疑っていくということ、「これってどうなんだろう?」と自分で自分に問いかけることが大事なんだと思います。
この映画に出演させていただいたことが、LGBTQ+について考えるきっかけになりましたが、他のイシューに関しても、自分の中に気づかないままの“偏見”ってまだたくさんあると思うんです。(映画作品など)エンタテインメントを通して、そこに気づかされるということもすごく多いです。
だからこそ僕らは、映画やドラマをみなさんに観ていただき、「いや、その描き方、こうしたほうがいいんじゃないの?」という前向きな意見もいただいて、お互いに前に進む力を高め合っていくことが重要だなと今回の作品を通じて感じました。
